肥満ハザード
[9月4日・午前11時]
―高等部校舎、水飲み場
「…げっ…」
花井の部屋を出た祐は、情報収集のため、校舎を訪れ、水飲み場に来ていた。
ここで、祐は三度驚かされることになる。
そう広くない水飲み場に、40人くらいの生徒が集まって、水を求めていた。
一つの蛇口に5、6人は群がり、さらにその後ろから手を伸ばしてコップやペットボトルに水を汲もうとする生徒たちがいる。
あまりにガブガブと水を飲み込んだため、勢い余ってこぼした水で服がビショビショになって下着が透けている者までいる。
「…ん、ん、ん…ぷあ…おいし…」
「ちょとお…私にも飲ませてよ…」
「あ、祐先生だ! 先生、こんにちは。」
ひとりの生徒が水を入れたペットボトルを抱え、人だかりから出てきた。
祐の存在に気づき、声をかける。
「こんにちは…えっと…それは…」
「あ、今汲んできたの。寮に戻って飲むんだ。寮の水飲み場はすっごく混んでたから、わざわざこっちまで来たんだよ。」
「…そんなに、みんな水を…?」
「うん、なんか一昨日くらいから水がおいしくなってきて。前からおいしかったけど、なんていうか、味が変わった? 味が濃くて、甘いんです。」
「…え? 甘い?」
「うん、先生もどうー?」
祐は生徒からペットボトルを手渡された。
祐はフタをとって、注意深く匂いを嗅いでみた。
しかし、無臭だ…少し、口に含んでみた。
おいしいにはおいしいが、濃い味、ましてや甘味など感じなかった。
「…別に、普通だけど…口当たりがまろやか、とかじゃなくて?」
「えー!? 先生味覚おかしいよ! 甘いじゃん! ジュースみたいに。」
祐の頭の中は「?」でいっぱいになる。
その時、人だかりの中央から叫び声があがった。
「きゃあっ! ちょっと、あなた!」
「お、おい、どうした?」
祐は人だかりを掻き分け、叫び声の中心に入っていった。
「先生、この娘が…」
「ええ? 私? ああ…ふえぇ…あれ?」
…じょわわわわわわ…
叫び声をあげた少女が指差した少女は、自分が指を差されている理由がわからず、呆然としていた。
彼女のムッチリとしたふとももには、液体が筋をつくり垂れていた。
…チョロチョロチョロ…ポタポタ…
「あ、あれ? …私、お漏らししてるの?」
少女は尿を失禁していた。
しかし、本人は信じられないといった風に立ち尽くしていた。
足元に広がる水溜りを見て、ようやく顔が赤くなる。
「え…あ…嘘…」
「だ、大丈夫か? ほ、ほら、保健室に行こう!」
祐は失禁した(正確には「失禁中の」)少女の腕を掴み、人だかりの外に出した。
人だかりは、何事もなかったかのように、彼女の抜けた穴を埋めるように再生した。
「先生…私…私…」
「大丈夫だからな、着替えあるか?(このリボンの色…三年生か…高三がお漏らし? まさか、トイレにも行かず、漏らすまでずっと水を飲んでいたのか?)」
少女は制服を着ていた。
リボンの色から、彼女が高等部三年であることがわかった。
「…あ…お水…待って先生、お水飲ませて…」
「なに言ってるんだ!(…それにしてもこの娘、だいぶ太ってるな。こんな娘いたっけ? …って、あ? 「藤崎紗代」!?)」
祐は少女の胸元のネームプレートを見た。
名前は「藤崎紗代(ふじさきさよ)」。
無駄な贅肉などひとかけらもない、美しい少女だったはずだ。
祐は、9月1日に元気に挨拶をした紗代の姿を思い浮かべた。
その日までは、確かにほっそりとしていたはずだ。
「(…え…この娘も…!? …水島さんと同じだ…!)」
紗代が歩くたびに、大きな胸がぼよんぼよんと弾む。
紗代が歩くたびに、突き出たお尻がブルンブルン揺れる。
紗代が歩くたびに、本来の顎の下にぶら下がったもうひとつの顎がプルプル震える。
「(これは、これは…やっぱり、生徒たちが…太ってきている!?)」
[9月4日・午後3時]
―祐の執務室
祐は、お漏らしをした藤崎紗代を保健室に連れて行き、濡れた服を着替えさせると、また暫く学園中を見て周り、自分の仕事場に戻ってきた。
「う〜む…やっぱり……何度見ても…太ってるな…」
祐は、携帯のカメラで、学園中の様子を撮影してみた。
今、その写真を眺めて、生徒たちの異変を再確認している。
ロビーでジュースを飲んでくつろぐ生徒たち、階段に腰掛け、お菓子を交換し合う友達グループ…
やはり、コロコロとしてきている気がしている。
「この娘は…やっぱり生徒会長の…」
高等部寮舎で撮った、ふとめの金髪の少女の写真。
金髪の生徒など、この学園にひとりしかいない。
高等部2年、生徒会長の白雪さやかだ。
目も透き通るような青色なので、間違いない。
「まじかよ…」
写真のさやかは、他の友達数人と映っている。
その友達もぽっちゃりとしているが、中央のさやかは別格である。
見事な洋ナシ体型。
胸がどかっと大きく、腰はそれ以上に横幅がある。
洋ナシと言うが、割と控えめに見える腹部も、よくよく見ると電話帳くらいの厚さの肉の段がある。
もうこれは完全なる肥満体型だ。
手足が長く、すらっとした欧米人らしい体型の彼女は、別の方向で欧米人らしい体型になっていた。
そんな感じで、祐は顔見知りの生徒を見つけては写真を撮っていた。
自分の記憶と照合しやすいようにだ。
ただ、面識のない娘だらけの集団の写真を見てみても、絶対的に太い娘だらけのような気がする。
「…でも、いったいなんで…?」
コン、コンッ
「大口先生。いらっしゃるんですか?」
写真を眺めている時、ノックの音と男性の声が聞こえた。
声の主は、理科教師、清水信雄(しみずのぶお)だった。
「ずっと捜していたんですよ。ここに戻ってきてたんですね。…それで…生徒の体調についてご相談がありまして…」
「! …清水先生も変に思いますか? よかった、私だけじゃないんだ!」
聞けば、清水をはじめとし、祐の他にも学園の異変に気づいた教職員が集まりだしたのだという。
彼らは校医の意見仰ごうと、まず花井の部屋に向かったが、祐の時と同じ様にあしらわれてしまった。
そこで次は祐を捜していたというわけだ。
祐は清水に連れられ、職員室に向かった。
―購買部
「すみませーん、誰か〜」
「はいはい、今行きますよ。」
ひとりの生徒が購買部を訪れた。
この生徒もかなり「丸い」。
特に腰周りがキている。
奥から、もぐもぐ何かを食べながら、購買の女性職員が出てきた。
「あのぅ…すみません…LLの短パン、ありますか? はいているのが小さくなってしまって。」
「あなたもLLを買いに来たの? どうしたのかしら、みんなして。あ、LLでいいのかしら? さっきLL買った娘、LLもきつくて、3Lに交換しに来たのよ。」