肥満ハザード
[9月6日・午前0時]
―体育倉庫
「…すみません…桜井…せんぱっ、あっ!…」
「いいのよ。今日も苦しかったでしょ?」
「はいっ! はぁあっ…」
「気持ちいい?」
「はいっ! …すごく、すごくいい…きゃぁっ…!?」
「うふふ、あやちゃんかわいい。」
「あっあっあっ…あのっ桜井先輩…カナも…カナも胸が張って苦しいんですって…だから…あの…」
「香苗ちゃんのこと? いいわよ、連れて来ればいいわ。」
「あ、ありがとう…ございます。あっ…せんぱ…もっと……強く……」
―高等部寮舎、飛鳥と未奈美の部屋
「はあぁっ…ああっ…やっ…ああぁ…」
「飛鳥…お腹…おっきく…なったね…」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「飛鳥…丸っこくて…かわいい…」
「はああぁ…み、未奈美ぃ……」
「なぁに? 飛鳥?……」
[9月6日・午前8時]
―医務室
夜が明けた。
しかし、相変わらず、風は強く、雨は降り続けている。
「今日もヘリは出せないとさ…」
祐がぐったりとして、無線室から戻ってきた。
ついでに三人分の朝食も調達してきた。
食料の備蓄は、いよいよ底が見えてきた。
どうやらカロリーが高そうなものから消費されているようだった。
祐は、「彼女ら」の関心を惹かなかったと思われる、ひっそりと残っていた食料を拾ってきたのだった。
「ヤツらが、食べてしまう前に、災害用備蓄を確保してしまおうか。」
祐は、生徒を救うよりも、まず自分がどう生き抜くかを考えるようになった。
「今日は、大丈夫?」
「え?あっ、大丈夫です。美鈴も…ね?」
「………」
「美鈴?」
「え?あっ…う、うん…」
美鈴の様子が、おかしくなってきた。
起きてからボーッとしている。
我慢の連続で、精神が疲弊しているのであろうか。
「絶対に…ヘリが来るまで…がんばろうね、美鈴?」
「………(コクン)」
「そうだ、天気予報だと、明日になれば快晴だそうだ。絶対にヘリが来る。」
祐はそう言ったが、次の言葉が出てこなくなった。
ヘリが来て、救出された後はどうなる?
自分は助かったことになるかもしれないが、この娘たちは?
学園中の女性たちはどうなる?
この奇妙な、食欲の増大と体の肥満化は、現代の医学で治るものなのか?
水への欲求は? この学園から離したら生きていけるのか?
琴音と美鈴を助けようと思ったものの、俺には何もできないじゃないか?
次から次へ祐の頭に疑問が浮かぶが、いくら考えても、答は出てこなかった。
[9月6日・午前10時]
朝食後、男性教師と災害用の備蓄食料を女性に気づかれないようにそっと倉庫から出し、それぞれの分を確保した。
祐とふたりの生徒の取り分を医務室へ運ぶと、祐は今日も見回りに出た。
何が解決するわけでもない。
ただ、この異常な怪異を、常に少しは自分の目で確認しておかないと、不安で仕方がないのだ。
今日は月曜日、本来ならば授業が始まっている時間だが、授業を行っている教室はひとつもない。
みんな、食べるのと飲むのに夢中だった。
食堂は今日も大盛況。
というか、週末から人が消える気配がない。
食堂で寝泊りする生徒も少なくないようだ。
天気の悪さと相まって、汗臭さが食堂に染み付いていた。
汗に混じり、糞尿の悪臭も漂う。
誰か、というか何人かが、大小便垂れ流しで一心不乱に食い続けているのだろう。
テーブルと配膳台の間だけを移動し、食い続け、太り続けていく生徒。
今日も彼女らの体の膨張は「目で見て」確認できた。
見回した全体の感じでは、生徒は一人残らず立派なデブと化し、半分は100sを超えていそうだった。そして、さらに三割ほどは、100sなんてとっくに通り越したような巨デブだった。
見覚えのある顔は、脂肪に埋もれ、見覚えのある顔ではなくなっている。
着ている衣服はぱっつんぱっつんで窮屈そうだ。
圧迫感がなく楽なのか、パンツ姿でうろうろしている生徒もいた。
昨日、恐ろしい体験をした中庭を訪れる。
祐に襲い掛かった少女は、昨日とまったく同じ場所で、ひとりだけの特等席で、今日も水を味わっている。
肥満効果のある水を独り占めできるからだろう、彼女はトップクラスの巨体に成長していた。
体のあらゆる部分が、これどもかと言うくらい、ブクブクに肥大化している。
四つんばいで、ホースから水を飲む姿は、まさしく豚小屋の豚だった。
四つんばいの格好だと、胸と腹は思いっきり重力に従い垂れ下がることになる。
お腹はもうすぐで地面につきそうだ。
羽田佳代子に会った。
彼女はもう「下半身太り」ではなかった。
もはや「全身大太り」だった。
極限まで肥大化した下半身に釣り合うように、上半身の贅肉も増量されていた。
立派な巨デブだった。
ブラウスを羽織るだけで、ボタンを締めず(締めれず)、肌色の肉を露出させていた。
いつも飛びぬけて明るく、お調子者の佳代子は、今日は祐を見ても、なんの反応も示さず、食料を求めてドスドスと去っていった。
藤崎紗代もいた。
床に直に座り、壁に寄りかかっていた。
グビグビと、おいしそうに、ペットボトルに汲んだ水を飲んでいた。
周りには彼女を取り囲む様にして、水が入ったペットボトルが何本も置いてあった。
何度も汲みに行くのがおっくうなので、一度にたくさん汲んだのだろうか。
太った紗代は、なんとも醜かった。
元が美人で、スレンダー体型なだけ、今の肥満体は一層醜い。
パッチリとしていた二重の目は、腫れ上がった頬に押し上げられ、細くなった。
もう男だか女だか分からない顔だ。
シャツからはみ出た肉をボリボリ掻く姿に、女らしさはなかった。
[9月6日・正午]
―体育館横廊下
祐は、医務室から持ってきていた、乾パンとペットボトルの飲料水で、昼食をとった。
豚のように食べ物を貪る生徒たちを見ながら食事をするつもりにはなれなかったので、人気のない体育館の近くまでやって来ていた。
ここは誰もいない、聞こえるのは雨の音と風の音。
空が轟く音がした、雷までやってきているらしい。
今の学園に相応しい天候になったな、と祐は思った。
その時、誰もいないはずなのに、人の声が聞こえた。
見える範囲に人はいない。
声は祐が寄りかかっていた壁のほうからした。
壁の向こうは体育教材倉庫だ。
こちらもあちらも室内だが、採光と換気のため、壁には曇りガラスの窓があった。
誰か倉庫にいるのか?
声は苦しむような声だった。
祐は、半開きになっていた窓から、中の様子を覗いた。
「…っん! …んあああっ! ひゃあんっ!」
「はっ…ダメだよ、カナ、大きな声出しちゃ。」
「ふふふ、いいのよ、どうせ誰もいないわ。声出したほうがきもちいいわ。」
祐は、我が目を疑った。
倉庫内にいたのは三人―桜井杏奈、如月絢子、水島香苗―全員祐の知る生徒だった。
三人とも、最後に祐と会ったときよりも、更にでっぷりとしている。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は彼女らが倉庫内でしていた行為だ。
彼女らは―何をしていた? ―うまい言葉が見つからない。
言うならば…
「全裸で」
「汗だくで」
「抱き合ったり」
「キスをしたり」
「胸を揉み合ったり」
…をしていた。
そう、男女の恋人がするような行為を、女三人で行っていたのだった。
「ああんっ! 胸…胸キモチイイよぅ…はぁはぁ…」
「カナ…私たちっ…だけじゃ悪いよ…はぁ…先輩…にも…」
「ありがとう、あや。」
胸、そう彼女たちの太り方には共通点があった。
胸が驚くほど大きくなっているという点。
三人が三人、爆乳、いや、爆乳という言葉さえも越えて胸が巨大化している。
大きさは絢子と香苗がハンドボール、杏奈がスイカ…誇張ではない、まさしくスイカ大の「スイカップ」がそこにはあった。
その大きくなった胸を、お互いこねくり回す。
―タップンッ
―ぶるんぶるるん
―ぼにゅんむにゅん
胸だけが別の生物のように動く。
特筆すべきはその形だ。球状に綺麗に膨らみ、ただでかいだけの「デブ胸」とは一線を画している。
「…んん…んんん…」
「…っぱ…先輩どうですか? イイですか?」
「そうねぇ…イイわよ。私、嬉しい。」
ふたりの後輩が、杏奈の豊満な胸に赤子のようにしゃぶりつく。
その杏奈の漂わす空気が、いつもと違う。
もともと杏奈は、同い年の友達といる時は、ボケボケで子供っぽいキャラでも、
後輩の前ではしっかりとした大人のお姉さんになる、と言うことで有名だった。
しかし、今の杏奈は、大人っぽいとかお姉さんタイプとかいうものではない。
まさしく「妖艶」―「妖しく艶やか」―
その動きも声も、「魔性の女」に相応しいものだ。
「あ、あ、あ…」
祐は、言いようのない恐怖(?)を感じ、音を立てないよう、彼女らに気づかれないよう、そっと、しかしまっすぐその場を離れた。
「(何? 何? 何だったんだ今のは!?)」
祐はこの学園で働く直前、同じく校医として働く大学の先輩と飲んだときのことを思い出した。
「祐も女子校かぁ…」
「ハイッ! セント・ミカエル女子学園ってところッス。先輩も女子校でしたよね?」
「ああ…なぁ祐、気をつけろよ。」
「何をです?」
「『百合』だ。どこの女子校にもいるぞ。ウチにもな…」
「『百合』って、花っすか?」
「ちげぇよ、隠語だよ。女同士の恋愛…つまりレズビアンだ。」
「レッ! ……だぁいじょうぶっすよ〜俺が行くところ、創立100年の伝統校で超保守的なんすよ。」
「校風は関係ねぇよ。若い女だらけの環境…しかも山ん中の全寮制だったっけ? 条件は完璧だな。」
「……」
遠い昔に聞いていた先輩の話。
自分が働いてから、ずっと忘れてた。
そんな生徒は今まで一度も会わなかった。
だから忘れていた。
あの三人は昔から?仲はよかったみたいだが…
それとも、こんな環境だから? またあの水が??
高速で思考しながら、廊下の角を曲がった時だった。
「きゃあっ!先生!?」
「!!」
「んあぁ?…良子…?」
曲がった先の廊下で、生徒が抱き合ってキスをしていた。
そこに出くわしてしまった。
ひとりはしまったという顔をして、もうひとりはそのままトロンとした顔をしていた。
「あ、あの先生、これは〜…」
「し、知らん!!」
彼女の弁明を聞くより早く、祐はその場を走り去った。
どうしていいのか分からないのだ。
「……良子ぉ…続き…しよ?」
「ん…うん…」