豚の花嫁
第4章 聖性侵蝕
マリアンヌの「初夜」から1週間後―
もぐもぐ…もぐもぐ…
もぎゅ…もぐもぐ……
「さぁ、お替りよ♪」
「ぷぅ…お願い…もう食べられない……少し…休ませ…」
マリアンヌは、この1週間ただただ運ばれてくる食事を腹に詰め込む生活を強いられてきた。
そのペースは、受精前の肥育生活の比ではない。
もちろん肉体はそれだけ速いスピードで肥えていった。
この1週間での変化といえば、顎の下に僅かだが、しかししっかりと確認できる厚みの脂肪がつき、二重顎の形成が始まりつつあった。
顔つきも1週間という短い期間で変わった。1週間前はふっくらと脂肪がつく程度だったが、今は頬の肉が厚くなり、頬を中心に顔が腫れ上がってきた。
へそ周りのダブダブした余計なお肉が目につくようになった。
後方から見る背中のシルエットも、どことなく、しかし確実に丸っこいものに変わった。
「げふっ…もう…お腹が…パンパンで…食べれな………」
「だめよぉ……元気な赤ちゃんを産むためには、もっと肥えなくては…初産が肝心なのよぉ。」
妊娠が確定したマリアンヌだったが、特に今のところは(肥満化を除いて)体調に変化はない。
ただしそれは肉体的な問題であり、精神面では違った。
しかし彼女が魔法知覚を研ぎ澄ませば、体の奥底に、新しい生命が存在することを、純白のシーツに墨の染みを見つけるが如く感じ取ってしまう。
彼女はそれがたまらなく嫌だった。
常に鍛え上げられ、聖堂騎士団長として、王家の娘として最も清廉でなくてはならない自分の肉体に、邪悪な魔物の仔が宿った…
そのことを思い出しては、マリアンヌは毎晩ベッドで涙を流した。
「元気な豚の仔を産むのよぉ♪」
「嫌っ! そんな…そんなこと…あるものですか!……ムリよ!…王家の血統である私から、妖魔の仔が育つはずは…」
「そのヘンは術法ですべて解決ずみよん♪ もともと半豚人はよく人間の女を犯して仔を産ませるし、難しいことではなかったわぁ…」
「…うぅあ…嘘だ…嘘……」
「嘘ではないわぁ♪ 豚の子種とアナタの母胎とのマッチングは成功♪ 順調♪ 絶好調♪ アナタのお腹の中では豚の仔が質の高い魔力を吸収してスクスク育っているわぁ♪」
イサベラはマリアンヌの柔らかい腹部を撫でた。
指が触れると、腹肉がムニュムニュと波打った。
「今は魔法知覚を使わないと感じないくらい小さいけど…すぐに大きくなるわぁ…半豚人の妊娠期間は3ヶ月…3ヶ月後が楽しみだわぁ…」
「さっ…3ヶ月…」
半豚人は妊娠期間が短い。妊娠してから出産まで僅か3ヶ月である。
オス半豚人の旺盛な性欲と相まって、半豚人はあっというまに増えるので、半豚人の社会は恒常的に食糧不足であり、それが人間を襲った主要因であった。
「(3ヶ月後に…私、豚の赤ちゃん産んじゃうの…?)」
たった3ヶ月先に訪れる悪夢の日。3ヶ月という時間の短さに、マリアンヌは真っ暗になる。
妊娠期間が短いということは、それだけ出産の前に救出が来る可能性が低く、魔法処理で堕胎して出産を行わずにすむ可能性が低いということだ。
たった3ヶ月、たった3ヶ月で、豚の仔の出産の日がやってくる。
マリアンヌは僅か3ヵ月後の自分が「自分」のままでいられるかが不安で、怖くて堪らなくなった。
「あっ…あっあっあっ…うぅぅ………」
「あらあら…そんなに泣いちゃってぇ…」
マリアンヌは絶望に押しつぶされて、大粒の涙を流して泣き出した。
種付けの日から、彼女はイサベラの前だろうとよく泣くようになった。
それだけ彼女の精神は不安定なものになっていた。
彼女の鋼のように強かった戦士の心は、少しづつ脆く、弱くなっているのだ。