656氏その2

656氏その2

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 朝日に照らされて、なつみは目がさめた。

 

 そこは、昨日彼女が降りた、人のいない駅のホームだった。
「あれ…… いつの間に私……」
 右のほうから、電車の警笛が聞こえた。始発列車がやってきたのだ。それはゆるやかに速度を落とし、なつみの目の前にドアを運んで停まった。

 

 あれは夢だったのだろうか。

 

 あの夜の出来事を、しばらくの間、なつみは不思議がって思い込んでいた。
「まさかね。そんなことあるわけないじゃん」

 

 1週間ほどして、そのこと自体がなつみの頭の中から消え去ってしまったが、再びそれが思い起こされるのはあの夜から1ヶ月ほど経ってからのことである。

 

 あの夜から半月ほどのある朝、いつものように着替えていると、なつみは違和感を覚えた。
いつもお腹をへこませ、苦労して上げているジーンズのファスナーが、すんなりと上がったのである。
「あれ……?」
 不思議に思い、彼女は脱衣所の奥から体重計を引っ張り出してきた。乗るたびに記録を更新するため、うんざりして放置していたものだ。

 

 恐る恐る乗ってみる。すると……
「……5kg、減ってる?」
 その針は、前回乗ったときよりも5小さい数を指していた。乗ってない間にも体重は増えていただろうから、それを考えるとかなりの減量である。

 

「嘘、まさかダイエット成功?!」
 全く記憶に無いダイエットの成功に、なつみは舞い上がった。ルンルン気分で出かけたなつみは、その1日が最高に思えた。

 

 体重の減少は、これだけに終わらなかった。
 その後も毎日、少しずつだが体重の減少は続いた。1週間後には昔履いていたジーンズに履き替えた。下着も、諦めずにしまっていた1つ小さいサイズのものに変えた。
 100kg目前だった体重も90を切り、80を切った。誰が見てもデブだった体も、人によってはぽっちゃりと形容されるまでになってきた。周りから「痩せた?」なんて声をかけられることも増え、なつみは嬉しくてたまらなかった。

 

 食事の量は減っていないのに、何で痩せるんだろう。病気? なんて一瞬思ったが、結果オーライとして、特に気にすることは無かった。

 

 体重の減少に気づいてからまた半月。服のほとんどがブカブカになってしまったので、なつみは、新しい服を買いにデパートへとでかけた。
 少し前では買う気など全く無かった小さいサイズ(それでも、普通の女性から見るとまだまだ大きいサイズ)の買い物に、なつみは心躍らせた。

 

「あれ? もしかして、なつみ?」
 服を選んでいるとき、なつみは声をかけられた。
 振り返ると、なつみの見覚えの無い人が立っていた。
「痩せたよね? いいなぁ」
 その女性の顔に、面影をみつけた。
「……あきえ?」
 それは紛れも無く金山あきえだった。しかし、以前のガリガリで骨と皮の姿はどこにもなく、十分にポッチャリ体型である。デブとまではいかないが、今のなつみとほとんど変わらないくらいに肉がついていた。

 

「ごめん…… 気づかなかった。なんか、急に健康そうになってたから、わからなかったわ」
「そうなのよ…… 最近急に体重が増え始めて、服が入らなくなっちゃって買いに来たのよ。前は痩せすぎで医者にも注意されてたから、丁度いいや、なんて思ってたら、いつの間にか普通レベルを超えて太っちゃって…… おかしいなぁ 前と同じくらいしか食べてないのに……」
 そう言って、あきえはウェストを気にした。
 むに、と、肉がつまめているのが、服の上からでもわかる。

 

 太っていたなつみと、ガリガリだったあきえ。かつては2人同じ棚から服を選ぶなど、到底不可能だったはずだ。しかし今や、それが可能となるほど、2人の体重は近づいていた。

 

 激やせしたなつみと、激太りしたあきえ。

 

 この瞬間、なつみはあの夜の神社の出来事を思い出した。
  まさか、あの願いが本当に叶ってるの?
  あれは夢じゃなかったの?

 

「でもなつみだって、一瞬誰だかわからなかったよ。前よりずいぶん痩せたね。どんなダイエットをしてるの?」
「えっ?! あ、うん、毎日運動をちょっと……」

 

 店内で適当に話し、あきえは、これから用事があるから、と言って去っていった。

 

 なんであきえが太ってるの? あれは夢じゃなかったの?

 

 何度も、なつみは自問した。

 

  私が痩せて、あきえが太ったのはあの夜の願い事のせい?
  あの少年がやったの?
  私が願い事をしたから?
  私とあきえの摂取エネルギーが入れ替わって?
  私があきえを太らせたの?
  どうしよう…… 私、とんでもないことしちゃったのかな…  

 

 

 帰りの電車の中でも、なつみは思いつめた。あきえを太らせて自分が痩せた罪悪感が重くのしかかる。
 耐え切れずに、正当化することで罪悪感を必死にかき消そうとしていた。

 

  …そうよあの娘はもともと小食で、痩せすぎで不健康そうだったし、
  私と交換して丁度いいのよ。
  痩せすぎが解消されて、よかったのよ。私は痩せて、一石二鳥。
  見た目にもあまりこだわらない性格だし、大丈夫でしょ。
  問題ないわ。それに……

 

「今までいい思いをしてきたんだもん。私だけ太ってて、不公平よ。あきえも、少しくらい太ったほうが良いのよ。いい気味だわ……」

 

 

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