792氏その7
「うぅ、暑いよぉ…」
「おいおい、まだ5分くらい歩いただけだぞ」
「キミと一緒にするな。ハァハァ、こっちは100kg近い荷物をしょってるような、ゼェゼェ、ものなんだからっ!」
俺の後を、メリィが重たそうにのしのしと歩く。
9月といってもまだ暑い。着ていたTシャツはもう汗が滲んできており、巨大なケツを振りながら歩く姿に、チラリと見た通行人も、眉をひそめている。
今日はレンタカーを借りて、少し遠出して買い物。
何故レンタカーだといえば、メリィが電車を嫌がったからだ。
先月、相撲大会で優勝した事でメリィはただでさえ目立つというのに、ちょっとした有名人になってしまった。
何でも、付いたあだ名は「金髪横綱」らしい。
お陰で、外で出歩く時は目深に帽子を被ったりして変装していたんだが…
こんなデブ、そうざらにいない為それは無駄な努力に終わり、いつも注目の的になっていると、ふてくされながら言っていた。
「あぁ、見えた見えた。あそこだ」
「洋服屋さん? フン、どうせ私のサイズなんて置いてないんだから関係ないな」
「フフン、よく見てみろ」
そう言われてみると、メリィはある違和感に気付いた。
ショーケースに飾られた服は… どれも大きい。
それも、Lサイズなどといった生半可な物ではない程にである。
「かなり大きいサイズ専門の店だな。何でも、全て店長の手作りらしい。ここなら、お前にもピッタリの洋服があるかと思ってさ。大きいサイズの服はあんまりデザインが良くないものが多いからな。それにお前のそのバカデカい尻じゃ既製品はなかなか合わないし」
「うるさいな! 好きでこんな身体になったんじゃない!」
「ゴメンゴメン、とにかく、好きなもの買っていいよ」
「い、いいのか? でも、あまりお金を使うとまた生活費が…」
「最近はお前も料理頑張ってるし、自炊なら外食よりは出費も抑えられるから大丈夫だよ」
相撲大会が終わってから、メリィは苦手だった料理にも精を出すようになった。
レシピ本を片手に悪戦苦闘し、最近は腕前も上がってきている。
「いや、あれは無駄遣いを減らすのと、私的に安くお腹一杯食べるのが目的だから…」
「まぁ、そろそろまた着れる服も少なくなってきたし、いつも同じような格好じゃアレだしな。賞金もまだ大分残ってるから気にすんな」
8月の肥満化で130kgを突破した事で、また洋服の買い替えを余儀なくされたのだ。
どうも最近、肥満化の速度が上がっている気がするな…
「そ、そうか。ではお言葉に甘えるとしよう」
メリィにとっても、願ってもない事だった。
相撲大会で恥ずかしい思いをした甲斐もあったというものだ。
店に入ると、豊富な品揃えの質の良さそうな洋服が並べてあり、どれも魅力的で、メリィにとっては目移りしてしまう。何より、この店では自分のサイズですら標準的なサイズ、というのが嬉しかった。いくら大デブとはいえ、若い女性がいつもTシャツにジャージやジーンズばかりでは気も滅入ってくるというものである。
「いらっしゃいませ。ゆっくり見ていって下さいね」
洋服を選んでいると、メリィより一回り程太った、人当たりの良さそうな眼鏡をかけた若い店員が声をかけて来た。
(うわ、さすが店が店だけに店員も凄いな…)
メリィより太っていて、しかも日本人なんて… 体重にして150kg程度だろうか?
下半身中心に太ったメリィと違い、全身がぷにぷにと柔らかそうなデブ。
しかし、これだけの巨デブなのに、不思議となかなかの美人である。
もし痩せていれば、凄い美人だったろうに。
もっとも俺にとっては、それもまたいいんだが。
「外国人の方なら、体型が日本人と少し違いますから試着なさった方がいいと思いますよ」
「そ、そうですね、じゃあ、とりあえずコレとコレを試着したいんですが」
「わぁ、日本語お上手なんですね」
そんな何気ない会話を交わす内に、メリィと店員はすっかり意気投合してしまった。
同じような体型同士、馬が合うのだろうか?
仕方ないので、二人の会話に耳を傾ける事にする。
しかし、デブ美人が二人で並んでいるとなかなか目の保養になるな。
「えぇ、短期間でこんなに太ってしまって…」
「そうなんですか。実は私も、小学生の時に1年で100kg以上体重が増えた事があるんですよ。それからはずっとこの体型で… ハハ」
…おいおい、まさか俺と同じような願いをした奴がいたのか?
「ここの店長なんて、3年で体重が6倍にまでなっちゃったらしいですから。人間、いきなり太りだす事もあるんでしょうね… 私より太った人なんて普通は滅多に見れないから、面接で見た時は驚いたんですよ。凄くいい人なんですけどね。痩せてた時はアイドルにスカウトされたくらい可愛かったらしいですけど」
(ろ、6倍!?)
頭の中でざっと計算する。
どう考えても、200kgは下らないデブなんて本当に日本にいるのか?
「たしか今はピークより少し痩せて270kgくらいって言ってましたね。とにかく、私が痩せて見えるくらい大きいんですから。このお店も、元々は自分に合う洋服が無いので店長が自作していたのがはじまりなんです。それから、口コミで評判が広がって… 店長はもっとフリフリの付いた可愛いのが好みらしいですけど」
…何て店だ。ここはデブ好きにとってパラダイスか?
メリィでも相当なデブだと思ってたが、世の中には上には上がいるんだな…
是非店長も見てみたかったが、旦那と旅行に出かけているらしい。
300kg近い超デブ女と付き合う男がいるとは、世の中猛者がいるもんだな。
そんな事を考えていると、試着を済ませたメリィが俺に意見を求めてくる。
「に、似合うかな…?」
品の良さそうなワンピースに身を包んでおり、久々に女性らしい洋服を見た感じだ。
「似合ってるぞ。そういえば、久しぶりにお前のスカート姿を見たな。なかなか可愛いじゃないか」
「う、うるさいな。こんなデブがいいなんて、キミの趣味は本当にどうかしているぞ」
「ハッ、俺のストライクゾーンの広さを舐めるなよ? まだまだ全然アリだな!」
「フフ、…まったくキミは筋金入りの変態だな」
そう笑うと、メリィは上機嫌でさらに服を選んでいった。
「大丈夫ですよ。3ヶ月以内なら、体型の変化でも無料でサイズ交換しますから。デブ… コホン、ふくよかな方にもお洒落を楽しんで欲しいっていうこのお店の方針ですから、遠慮なさらずにいつでもご連絡くださいね」
店員さんの話を聞きながら、清算を済ます。
こうして、数枚の特大サイズの洋服を購入した。値段も良心的で、いい店だな。
3ヶ月以内なら交換してくれるのなら… お別れまで洋服の心配も無いのも助かる。
…この生活も、あと3ヶ月か。
こうして買い物を終え、帰路についた。
買った洋服に早速袖を通し、メリィはご満悦だ。
デブ向けに調整されているのか、体型をカバーした洋服は着心地もとても良く、自然と足取りも軽くなる。
「あ、ありがとう。大事にするから」
「ああ、クリスマスに元に戻ればブカブカもいい所になるけどな。日頃から世話になってるし、俺のせいでそんな姿になったんだから御礼と御詫びを兼ねてプレゼントするよ。俺は可愛いと思うけど、さすがにお前にはその姿は辛いだろうし」
「ま、まったくだぞ。キミのせいで… まぁ、私もキミに世話になっている身だ。おあいこでいい。
(あと少しで… お別れか。デブからおさらばできるのは嬉しいけどくそ、何でこんなにモヤモヤした気分になるんだ… いや、これはあくまでこちらの食べ物が美味しいから、それが惜しいだけだ。
そうに決まっている…)」
メリィ 167cm・125kg→133kg(残り3ヶ月・肥満化残り4回)