792氏その8

792氏その8

前へ   2/7   次へ

 

 

こうして三ヶ月が経過し… 正午の現在、彩香は丸一日ぶりの食事を堪能している。
この不規則な食生活で、彼女の生活習慣はそれまでと大きく変わってしまった。
少しでも多くの食料を身体に貯め込む為に、一回に食べられる量が大幅に増えたのだ。
元々、食は細い方だったが、今では立派な大食いになりつつある。
おそらく胃袋も相当に大きくなっているはず… 以前の自分からは考えられないくらいの量を食べても、平気になっている。

 

ここでは、次の食事がいつ来るか分からない。

 

食事時にきっちりと来る時もあれば、最高で三日間まったく音沙汰なしの時だってある。
食事を少し置いておいて飢えを凌ごうとも考えたが、出てくる食事は麺類や肉類などの保存が効かないものばかりで、とても食べられたものではない。
おまけに、しばらく経つと黒服がずかずかと部屋に入ってきて綺麗に片付けて行ってしまうため、出された料理を常に限界近くまで食べる必要があった。
幾度も味わった飢えへの恐怖感は食事の大量摂取への強迫観念を呼び、大食いに拍車をかける。

 

3人前はあろうかという食事を全てたいらげると、そのまますぐにゴロン、と横になる。
次の食事がいつ来るか分からない以上、少しでも消耗は減らさなくてはならない。
その為に、必要最小限の動作以外はせずに、じっと横になっている事が多くなっていた。
年頃の女の子だというのに、一日中、こうして横になりテレビを流し見るだけの生活を過ごしている。

 

横になってからしばらくして… 夕方になると、扉が開きまたもや食事が部屋に届けられた。

 

(今日は珍しく多いのね… 毎日、これくらいのペースで来てくれれば困らないのに)

 

時間は夕食どきとはいえ、つい先程あれだけ食べている為に食欲は湧くはずもない。
ちなみに、黒服はこちらが何を言っても無反応なのでもう彩香はコンタクトは諦めていた。

 

(うぅ… お腹いっぱいだけど、一応食べておかないと…。次はいつ来るか分からないもの…)

 

既に先程の食事で満腹に近い状態なのだが、無理矢理に口に食べ物を運ぶ。
吐き出してしまいそうになる限界まで食べたところで、そのままベッドに直行し、横になった彩香は、満腹のせいかいつの間にか眠ってしまった。

 

翌朝、目覚めるとよたよたと歩き、そのままシャワー室に向かう。
昨夜はつい眠ってしまった為に、顔は脂でべたべたになってしまっていたからだ。
どうも出てくる料理に脂っこい物が多いのは、やはり太らせるのに好都合な高カロリーな物が多いからなのだろうか?昨日の食べ物が残っているのか、胃はまだ重たい感じがする。
裸になった自分の身体を見ると、ぽっこりと膨らんだお腹が嫌でも目につき、気分を憂鬱にさせた。
昨日あれだけの量を食べたのだから仕方無いともいえるが、やはり気分のいいものではない。
身体は不規則な食生活と、動かない生活で締まりが無くなり確実にたるみつつある。
ぷにぷにと柔らかい下腹は脂肪がつまめる程になっていた。
(まだ大丈夫… これくらいなら)
そう自分に言い聞かせ、シャワーを終えた彩香は置いてある着替えに袖を通し、また横になる。

 

一方、今日もモニター室で部屋の様子を監視する三田村。
ドアの開く音に振り向くと、学がモニター室に入ってきている。
「お疲れ様です。若、例の件はどうなりました?」
「うん、何とか片付いた。ふぅ、やっとこれでこっちに集中できるよ。彼女の様子はどうだい?
三田村さん」
「こちらに」
三田村のまとめた詳細なレポートを読む学。
諸々の用事の為に学がここに来るのは三ヶ月ぶりの事だ。
「御覧の通り、食事の摂取量はかなり多くなっています。残念ながら、まだ見た目にはあまり変化はありませんが」
「まぁ断食とドカ食いを交互に続けてる訳だからね… プラスマイナスゼロでそりゃあ目立った変化は無いさ。…ただし、体の中はそうはいかない。筋肉は衰えてるし、基礎代謝も落ちてる。そろそろ、次の段階に行こうかな」
「では」
「うん、彼女を呼んで来て。久々の対面だね」

 

応接間に移動した学は三田村と彩香が来るのを待つ。
しばらくすると、二人が部屋に入って来た。
「お待たせしました。彩香さんをお連れしました」
三田村の横に立つ彩香はうつむき気味で、表情はよく分からない。

 

「久し振りだね。彩香さん」

 

学がそうにこやかに挨拶すると、彩香の顔が上がり滅多にしないような険しい表情で学をキッと睨みつけた。

 

「…どういうつもりなんですか」

 

こんな訳の分からない事に巻き込まれた怒り、食うや食わずの監禁生活を強制された怒りが、ふつふつと彩香の中に湧き、爆発する。
「こんな馬鹿らしい事に付き合えません! まともに食事も食べれないなんて信じられない! いくら私が、あの条件で連れて来られたからって、酷すぎます!!」
三ヶ月間溜まりに溜まった鬱憤をぶちまけ、声を荒げる彩香とは対照的に学は落ち着きはらっている。
叫ぶ彩香が一呼吸をつこうとした瞬間、学がゆっくりと口を開いた。

 

「あまりわがままを言うもんじゃないよ」

 

続いて三田村がそれに呼応するように口を開く。
「貴女が嫌と言っても、こちらは力づくでも貴女を太らせるわ。大人しく言う事を聞いて頂戴。
…手荒な真似はしたくないの」

 

三田村の凄みのある表情は、本気だった。
ここでいくら抵抗しても、自分に何の得も無いという事を一瞬にして理解させるに十分な迫力があった。
「い、嫌よ… お、お願いだから…」
がくがくと震えながら瞳に涙を溜めて懇願するが、そんな事は無駄だろうという事は彩香本人が一番分かっている。

 

「彩香さんを次の部屋に」
学がそう告げると、黒服が彩香の方へ速やかに足を向ける。
彩香は抵抗する気ももはや起こらず、三田村らと共に重い足取りで部屋から出て行く。
「…良心が痛むねぇ」
がっくりと肩を落とす彩香の後姿を眺めながら、小さな声で学はそう呟くのだった。

 

三田村と数人の黒服と共に、彩香は重い足取りで屋敷の奥へと歩いて行く。
「ここよ」
声に足を止め、そのまま抗う事も無く部屋に入った彩香は我が目を疑った。

 

通された部屋は以前のものとは比べようも無いほどに狭い。
窓も無く、薄暗い部屋の中にはベッドがある以外は部屋の真ん中に椅子… いや、洋式便所がポツンとあるだけだ。
奇妙なのは、椅子の目の前にバーカウンターのようなものがあり、両側の壁と繋がっている。
そして両側の壁には四角い穴が開いていた。

 

「こ、こんな所で暮らせっていうんですか!?」
思わず声を荒げるのも無理もない。まるで監獄、いやそれ以下かもしれない。
「そうよ。入浴は二日に一度、この部屋から出て行いますので」
そう言うと三田村は扉を閉める。ガチャリという音と共に扉が外からロックされた。
「そ、そんな…」
途方に暮れる彩香は、しばらく呆然としていたが不意に聞こえてきた物音に思わずびくりと我に帰る。

 

ガコンガコン…

 

目の前のバーカウンターのようなものはよく見ると表面がベルトコンベアのようになっている。
それが動作し始めたらしい。

 

(一体何が始まるの…?)

 

おそるおそる目の前の動いているコンベアを眺める彩香。
しばらくすると右側の壁の穴からゆっくりと流れてきたのは…

 

グラスになみなみと注がれたオレンジジュース。

 

拍子抜けする彩香は、そのままオレンジジュースが目の前を流れていくのを凝視していた。
やがてオレンジュースは右側の穴から左側の穴に流れていき見えなくなる。

 

(…一体、どうなってるの…?)

 

数時間が過ぎると、この部屋の仕組みが理解できはじめた。
回転寿司のようにコンベアを流れる料理や飲み物、デザート。
それがひっきりなしに流れてくる。
1時間に4〜5皿のペースで流れてくるそれを、好きなだけ食べろという事だろう。

 

もっとも、これもいつ止まってしまうか分からないが…
そう思った彩香は、いくつかの出された料理を食べておく事にした。

 

一通り料理を食べても、目の前には美味しそうな料理が次から次へ、どんどん流れてくる。
(…ダメ… 我慢しなきゃ…)
とは言っても食べる事以外は寝るしかない。
拡大しきった胃袋は目の前を流れる大量の食事に嫌でも反応し、唸りを上げている。
(もう、あきらかに食べ過ぎよ… 我慢しなきゃ)
そう思い、椅子から立ち上がりベッドに移動する。
眠ろうとも思ったが、部屋に充満する食欲をそそる匂いがそれを邪魔するのだった。

 

(…ちょっとだけ… ならいいよね… うん。今まで、我慢したんだもの)

 

 

前へ   2/7   次へ


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database