394氏その1
#東方Projectシリーズ
幻想郷ー……
日本のどこかに存在するが、博麗大結界と呼ばれる強固な結界によって外界とは遮断された世界だ。
その世界の東端、外界との境目に博麗神社は在る。
博麗の巫女は代々異変解決を生業とする。
神社からは幻想郷が一望することができ、何か大きな異変が起こればすぐに気がつけるのだ。
当代の巫女は名を霊夢(レイム)と言った。
秘めた力は強いが相当お気楽な性格である。
危機感は薄く、退治する対象のはずの妖怪に知人も多い。
(しかし、知人だろうが友人だろうが悪事を働けばきちんと退治する公平さは持ち合わせている。)
もちろん今回の異変にも既に気がついていた。気がついてはいたが。
「気がついたのが今朝だったのよ。あんただって気づいたのは今朝だって言うじゃない。
おあいこだわ」
珍しく渋い顔で言い訳をする霊夢。
普段ならもっとさらっと開き直ってるところだろうが、今度の異変は開き直るには事態が重すぎる。
ついでに体も重すぎる。
霊夢も異変の影響で相当太っていた。20キロは増えている。
まともに着れる服がなかったので、いつものを無理矢理着ている状態だ。
丸くせり出したお腹のせいでスカートがずり下がるので小まめに位置を直さねばならない。
…さて、そんな情けない格好の霊夢が言い訳をしている相手は大袈裟に呆れた素振りで、
「私が気づかなかったのは魔法の研究に勤しんでいたからだぜ。普通の魔法使いなら研究中は他に気を回せないくらい集中するから仕方ない。でも普通の巫女は異変が起こったらすぐ気づけるように気を回すものだろ」
…とツッコミを入れた。
彼女の名は霧雨 魔理沙(キリサメ マリサ)。霊夢の友人だ。
全体的に白黒のカラーリング、かぶっているのは大きな三角の帽子、
その手に握られるのはこれまた大きな箒。
一目見れば魔法使いだと分かる格好をした少女だ。
彼女もまた太り出してはいたが、体重は霊夢ほど増えていないようだった。
魔里沙に鋭くつっこまれた霊夢は少々バツが悪そうに反論を始める。
「太り出したことには一昨日から気づいていたのよ。でも急激に体重が増加したのは今朝だった。
だから、ちょっと太ったかな程度でそれが異変だとは思ってなかったの」
「まぁ、そういうことにしといてやるか。で、原因の目星はついているのか?」
「本当なんだってば! もう。もちろん原因はさっぱり不明よ。手始めに怪しい奴らを順に当たってみるつもりよ。疑わしきはとりあえず罰する、ってね」
霊夢のいう疑わしき連中とはつまり、
●すきま妖怪の八雲 紫が率いる八雲一家。
●亡霊の西行寺 幽々子が率いる冥界の住人。
●吸血鬼のレミリア・スカーレットが率いる紅魔館の住人。
●月の民の蓬莱山 輝夜が率いる永遠亭の住人。
…以上の、現在の幻想郷の主だった勢力である。
この他にも妖怪の山に集落を作る天狗なども大きな力を持つ。
だが、天狗たちはどちらかといえば他の妖怪が起こした異変を取材する方が好きという
新聞屋集団だ。
「一番怪しい紫は住処が特定出来ないから後回しにして、近場の紅魔館辺りから行く…」
つもり、だと切り出そうとした霊夢を遮るように魔理沙の指が突きつけられた。
「待った。紅魔館には私が行く。霊夢は永遠亭を頼むぜ」
「ちょっと、魔理沙が出てくると話がややこしくなるから大人しくしていてよ」
先に説明した通り異変解決は博麗の巫女の仕事なのだが、
最近はそれを真似て調査に乗り出す輩も少なからずは居る。
その代表選手が霧雨 魔理沙、その人だ。
複数人で原因を探れば解決までの時間は短縮出来そうなものだが、
魔理沙のような典型的なトラブルメイカーが出しゃばると逆に解決が遠のく危険性もある。
それにただでさえ参拝客の少ない博麗神社だ。
異変が起きたときくらい活躍しておかないとならない。
にわか巫女に横からかっさらわれたとあっては信用がガタ落ちするかもしれないし。
(これ以上下がらないかもしれないが。)
そんな霊夢の心配を知ってか知らずか魔理沙は既に箒に跨っている。
「そんな体でフラフラ飛んでいたんじゃ季節が変わってしまうぜ。今回ばかりは手分けした方が得策だな!」
「待ってったら! なんで私が永遠亭なのよ〜! あそこの竹林は迷いやすいこと知ってるでしょ!」
その上、妖怪に遭遇する確率も高い。ちょっかいをかけられると厄介だ。
「要は適材適所だぜ!」
そう言い残すと魔理沙は箒を全速力で発進させた。霊夢が止める間もなく。
「もう!少しは人の話を聞きなさいよー!」
霊夢は青空に消えていく小さな黒い影に向かってありったけ叫ぶのだった。
とは言え、魔理沙の言うことは間違っているというわけでもない。
普段ならともかく今の体型では幻想郷中を回るのは一苦労だ。
楽な方を持っていかれたのにはちょっと腹が立つが。
「適材適所、ね。単に紅魔館に忍び込み慣れてるだけじゃない」
…表向きは魔法の森にある自宅で魔法店を経営する魔理沙だが、副業は泥棒だ。
主な獲物は紅魔館の大図書館に収められている魔法書。
そんなもんの何が面白いのか霊夢にはさっぱり分からないが。
「仕方ない…。行きますか!」
納得はいかないがいつまでも愚痴愚痴してるわけにもいかない。
第一そんなのは性分じゃない。
霊夢は気合い一発、空を飛ぶ程度の能力を発動すると永遠亭のある竹林を目指すことにした。
のどかな幻想郷の上空を今出来る限りの速度で飛ばしながら
霊夢は自分が置かれている状況を整理し始める。
魔理沙はちっとも信じていなかったようだが「急激に太り出したのは今朝」というのは事実なのだ。
(あー、今思い出してもこっぱずかしいわ…)
目覚める直前まで霊夢は夢を見ていた。
その夢の中、自分は何故だか素っ裸で食事をしていた。
その食事の量たるや食いしん坊で知られる幽々子も多分真っ青になるくらいだった。
何せ夢の世界を埋め尽くすほどの量だ。
見渡す限り食べ物食べ物食べ物……
どう考えても異常な世界観だが、そこは夢なのでおかしいとも思わない。
ひどい空腹感に追い立てられるように目の前の料理に食らいつく。手掴みで。
口の周りを… いや、裸で料理に埋もれてるので、
口だけといわず体中をベタベタに汚しながら食べまくる。
そうして現実なら一日かかっても食べきらないほどの量を一息に平らげるが、
どういわけか満腹にはならない。
満足感には満ち足りているのに限界が見えないのだ。いくらでも食べられる。
そして、これまた現実では有り得ないことに一口飲み込むごとに体が膨れていった。
こぶし大に握られたおにぎりを平らげる。ぷっくりと頬が丸くなる。
(あぁ、ダメだ)
香ばしい匂いを立てるうなぎの蒲焼きを平らげる。お尻が一回り大きくなる。
(ダメだってば)
出汁のきいたつゆのうどんを平らげる。腕が、太ももがむっちりと肉を付ける。
(食べちゃダメよ)
大きな椀に盛られた餡蜜を平らげる。下腹がぽっこりと出てくる。
(そんなに食べたら太っちゃうじゃない)
熱々の焼き肉を平らげる。更に遠慮なく腹肉が盛られていく。贅肉の段が形成される。
(あぁ、ダメなのに、ダメなのに)
ダメだと分かっているのにブレーキが利かない。
(止められない…、だって、気持ち良いんだもの…!)
「…って、なんだそりゃ!!」
霊夢は自分の突っ込む声で目を覚ましたのだった。
鏡を見ずとも顔が赤らんでいるのが分かる。
まるで一人でナニをしたあとのような気だるさと熱っぽさがあった。
それからひどい空腹感。まるで夢の中と一緒だ。
とにかく朝ご飯にしよう、と布団から体を起こした霊夢は不覚にも絶叫してしまったのだった。
以上、ここまで回想シーン。
「はぁぁ…。まさか夢の中と同じ体型になってるとはなぁ」
しかも、腹の虫を抑えるために用意した朝ご飯がいやに美味しく感じて
食べ出したら止まらなくなってしまった。
おかわりの食事の準備をしようかどうか本気で迷っているところに
魔理沙が訪ねて来たので我に返ったのだ。
(彼女が訪ねてこなかったら数日分の食材を食べ尽くすところだったかもしれない)
それにしても、この異変の餌食になるのはどういった者なのだろう?
人間が暮らす里ではまだ大した騒ぎになっていないようだ。
また、魔理沙と自分に出た肥満化の差も気になる。
無関心を装ったがやはり自分の方が太ってしまったことにはショックを受けたのだ。
「あいつと私の何が違うっていうのよ…… ん?」
眼下の深い草むらで何かが動いた。
速度を落として様子を窺うと小さな妖が草むらを掻き分けて何やらぼやいている。
(あれはリグルじゃないの)