394氏その1
#東方Projectシリーズ
リグル・ナイトバグ、蛍が長い年月を経て人型へと変化した妖怪だ。
白いシャツに短いズボンをはいて真っ黒いマント(に見えるが羽、なのか)を棚引かせる。
そんな服装に加えて短い髪と凹凸のない体つきのせいでパッと見は男の子のようだがれっきとした女の子だ。
人間の子供と殆ど変わらない容姿をしているが、蟲を操る程度の能力を持つ。
たかが虫と侮ること無かれ。
当然毒蟲も操れるので一般人にとっては十二分に危険な妖怪なのだ。
だが、この近辺の妖怪の中では最弱レベル。
妖怪退治に慣れた者ならそう怖れることもない。
実際、霊夢も相手をしたことがあるが大した被害は受けなかった。
霊夢が最後に見かけたのはもう数ヶ月も前だが、記憶している姿よりぽっちゃりしているように見えるのは気のせいではないだろう。
(ふーん。妖怪も影響を受けるのね。…それにしても)
霊夢は高度を落としてリグルの背後へと周り込んだ。
「なんで魔理沙といい、あんたといい、私より影響が小さいのかしらね」
「ひぇぇ!?」
後ろからいきなり不機嫌な声を出された妖怪少女は声を裏返して驚いた。
飛び上がった拍子に前のめりに転げてしまう。
その体勢のまま恐る恐る後ろに視線を巡らしたリグルは更に驚いて四つん這いのまんまで霊夢から離れた。
「そ、その格好、まさか、あの巫女?!」
「そんなに驚くことないじゃないの」
「だって…」
異変解決のほか、妖怪退治も巫女の大切な仕事だ。
リグルのようなまだ若く力の弱い妖怪から見れば霊夢は恐怖の対象である。
ふいに目の前に現れたら驚くのも無理はない。
しかし、リグルは霊夢の顔と出っ張った腹を交互に見比べて目をパチクリさせた。
その様子は天敵の出現に驚いたというよりは、巫女が大きな腹を抱えて現れたことに対する驚きのようだ。
そりゃびっくりするのも分かるのだが、霊夢にしてみれば何とも腹の立つ反応である。
「寄り道している場合じゃないんだけど情報不足だからね。リグル、あんたの話も聞かせてもらうわよ」
ビシッと指を突きつける。リグルの触覚が不安げに揺れた。
「情報ってみんなが急に太りだしたことについて? 知らないよ、なんにも。まさか私にそんな力があるわけでもないし…」
「別にあんたが黒幕だなんて期待はしてないわ。この数日間、何をしていたか聞かせてほしいだけ」
「え… いや… それは……」
急に歯切れが悪くなった。何か隠している雰囲気である。
大した情報でなくとも今の霊夢が見逃すはずもない。
懐からスペルカードを抜き出すと目の前でヒラヒラとさせる。
「言う気がないなら力尽くだわ。あんたも言いたくないなら私を弾幕で撃ち負かすのね」
過去に一度ボコボコにされた相手に凄まれたリグルは既に半ベソ状態だ。
それでもこんな状況でなかったらもっと妖怪らしく堂々と決闘を受けただろう。
こんな状況…… リグルにとっては肥満化なんかよりもっと悲惨な事態なのだ。
今が冬で、しかもこの数日で急激に気温が下がったことは彼女にとって致命傷だった。
彼女の仲間であり一番の攻撃手段である虫たちが次々に隠れてしまったのだから。
そもそも彼女自身が寒さにはあまり強くない。圧倒的不利な状況での弾幕合戦なのだった。
(でも、ここで手も足も出なかったなんてことになったら虫の立場がますます危うくなるわ!)
昔は良かった。大百足や大蜘蛛といった人間に恐れられる妖蟲たちがいた。
今は違う。妖蟲族は次第に力を失い、数は減り、自分のような若輩者がリーダーとして活動している。
人間からもたかが虫と侮られてばかりだ。
「いいよ、今日こそ一泡吹かせてあげるんだから!」
リグルは震える声で啖呵をきった。負けるわけにはいかない。
例え勝ち目がなくとも逃げることは許されない!
「…って、これじゃ私が悪者みたいじゃない」
かくして霊夢とリグルの弾幕合戦が始まった。
草原の上空でパァッと華やかに閃光が走る。
蛍の名に恥じない儚くも命の力強さを感じさせるリグルのスペルが炸裂する。
だが数々の大妖怪と渡り合った霊夢にはこんな威嚇射撃程度の弾幕は通用しない。
すいすいと弾の間を抜けていく。
わざわざスレスレのところを行くあたり、かなりの余裕である。
「甘い甘い、こんな薄い弾幕…………っ!?」
ふいに霊夢の笑顔が固まる。
真っ直ぐ自分目掛けて飛んできた弾の影に隠れるようにして、
今まで見たことのない弾が一緒に飛んできていたのだ。
巫女の勘が「この弾は危険だ。もっと離れろ」と激しく警告する。
しかし気がつくのが遅すぎた。今から距離を取るのは無理だ。
弾は読み通りギリギリのところを通り過ぎていった。
霊夢を取り巻く霊気の薄い壁がチリッという嫌な音を立てる。
その瞬間に今朝の夢で感じた快感が蘇ってきた。
直後、霊夢は下腹のあたりが一瞬熱くなるのを確かに感じた。
「…んぅっ!?」
みちり、と下着が食い込むのが分かった。
つまり、一瞬にして肉がついたのだと理解して戦慄する。
(リグルが黒幕だったっていうの!? …ううん、そんなはずがないわ。この子は嘘がつけるほど器用じゃないし)
彼女のような小妖怪がこんな危険な力を急に手に入れたならもっと増長するだろう。
見る限り、リグルは霊夢が弾にかすって(わずかにだが)肥満化したことに気づいていない。
それどころかスペルの発動に手一杯で、自分の弾幕に不気味な弾が混じっていることにすら気づいていないようだ。
(嫌な予感がする。遊んでないでさっさと決着をつけた方がいい)
それまでの余裕のある表情から一転、真剣そのものになった霊夢は一気に間合いを詰めて霊気を爆発させた!
「夢想封印っ!!!」
蛍が放つ光とは比べものにならない閃光。
リグルの顔が紛れもない恐怖の色に歪む。
「ひっ!」
短い悲鳴は霊気の放出が巻き起こした旋風にかき消される。
そのさなかで霊夢は見た。
自らが放ったスペルに引き寄せられるように不気味な弾がリグルに押し寄せるのを。
「だから何なのよ、あれは…」
疑問は思わず呟きとして漏れたが、それに答えてくれる者はいない。
目の前にいた妖怪少女は浮力を失って地上へと墜ちていくところだ。
闘いの結果は明らかだ。リグルの放つスペルをかわしきり、強烈な一撃を見事に命中させた霊夢の圧勝である。
手持ちのスペルを撃ち尽くしたリグルは例え体力にまだ余裕があろうとも敗北となる。
最も、あれだけやられれば体力がどれだけ残っているかも分からない。
霊夢は草むらに墜落したリグルを追って地上に降りた。
「尋問を受ける余裕くらいは残ってるとありがたいんだけど?」
仰向けに倒れるリグルを抱え起こして声をかける。
「うあぁっ…… う、ん、ふぁ…っ」
「ちょっと… リグル?」
様子がおかしい。
霊夢の手が触れるとリグルはビクンッと仰け反って奇妙な声を上げた。
未だかつて、弾幕合戦に負けて艶っぽく喘ぎ始めた者を霊夢は見たことがない。
今のリグルはどう考えても異常だった。
…Mの道に目覚めてしまったのなら話は別だが。
しかし、これから何が起こるのかを霊夢は予感していた。
「はぁ… はぁ… はっ、熱い、熱いよぉ…」
腕の中の少女はすがりついてしきりに熱いと訴える。
その小さな体を支える手を通して微かな振動が伝わってくる。
(肉が震えているんだわ)
急激に増えていく脂肪が肉体を震わせているのだ。
背中にあてがってやった左手が次第に贅肉に埋もれていく。
「いやぁぁ…っ、はぁっ、な、何、これぇ…!」
それはブクブクと肥えていく体を悲観して上げた悲鳴ではない。
今までに感じたことのない快感に対する喘ぎなのだ。
あの夢を見た霊夢には理解できた。
脂肪に押し上げられてピチピチになった白いシャツが、ぐっしょりかいた汗で変色して見える。
やがて、なんとか持ちこたえていたズボンのボタンが弾け飛んだ。
それを皮切りに下腹から順にシャツのボタンも飛び散っていく。
「ふぇ…」
挙げ句、燃え尽きたような声と共に失禁までしてようやく肥満化は収束した。
「…やれやれ」
霊夢は引きちぎれてしまったリグルのシャツの断片を拾い上げると、
むき出しになっている彼女の胸にかけてやった。
(局部の方はでっぷりした腹肉と太ももが邪魔で見えないので隠さなくても問題ないだろう。)
「うえぇ…、一体何が起きたのぉ…」
心なしかいつもより間延びした調子で問う。
「呆れた。あんた、私たちのスペルに紛れ込んでた弾に気づいてなかったのね。多分あれには肥満化を促進する効果があるんだわ」
最初の一言はリグルへ向けたもの。後の一言は半ば独り言だ。
冷静に推理しても、勘を頼りにしても、「あの弾に当たると太る」という結論になってしまう。
先ほどまでぽっちゃり程度の体型だったリグルだが、今は(目分量だが)霊夢より大きく太ってしまっている。
「しかし、太っても胸がないってのは器用よねぇ」
「うぅぅ…」
どうも子供相撲の横綱のような太り方である。
みっちりと肉が詰まっていてハリがあるデブ、というか。
「で、落ち着いたなら聞かせてよ。この数日間、どう過ごしてた?」
「何もしてないよぉ。というか何も出来ないのよぉ。みんなが次々に隠れちゃうからぁ…。ここ最近は食料調達のためにぃ、まだ動ける子を探してたのぉ。…正直、この3日間ほとんど水だけで生活してたんだからぁ。あぁ、こんなこと言いたくなかったのにぃー」
期待はしていなかったが、あまりにも参考にならない証言である。
「なぁんだ、それだけ?最初から大人しく話していればこんなことにならなかったのにね」
そう言うと霊夢は宙へ舞い上がった。後に残されたリグルは慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっとぉ! こんな格好のまんまで私はどうしたらいいのよぉ!」
「丁度いいじゃない。あんたも友達と一緒に冬眠したらいいわ」
「うわぁーん! この人でなしぃーっ!」
自分こそ人でない妖怪少女の罵声もどこ吹く風、霊夢は竹林を目指して再び飛び始めたのだった。