394氏その1

394氏その1

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#東方Projectシリーズ

 

さて見事に蛍の妖怪を退治した霊夢だったが思いのほか時間を食ってしまったらしい。
リグルとの交戦(と、その後の事情聴取)がタイムロスになったのは言うまでもないが、
普段より飛行速度が落ちているのが一番の原因だった。

 

「できれば面倒な連中にはこれ以上遭遇したくないわね」

 

先の戦いで肥満弾の存在を知った霊夢としては無駄な決闘は何が何でも避けたかった。
弾避けには自信のある霊夢だが、攻撃力に関しては不安がなくもない。
パワーとスピードで押し切る戦術は魔理沙が得意とする。
霊夢の得意な戦術はのらりくらりと敵弾を避け、相手の攻撃の届かない場所から
器用に攻撃するというものだ。
大きなダメージは受けない代わりに長期戦に陥りがちである。
太ったせいで普段より弾に当たりやすくなってる今、その戦法ではどれだけ保つかは分からない。

 

「まぁ、魔理沙の方もご自慢のスピードが落ちてるわけだから、お互いに不利なのは代わらないわね」

 

妖怪たちにも影響が出ているようだし、もしかすると誰も彼もが不利な状況なのかもしれない。
…この異変を引き起こしている黒幕以外は。

 

「永遠亭の連中が犯人なら話が早くて助かるんだけどなぁ」

 

もしくは魔理沙が向かっている紅魔館に住む連中。
どうもどちらもハズレの予感がしたが話を聞いて損はないだろう、と霊夢は考えていた。
異変の原因が掴めない今はとにかく手当たり次第行くしかない。

 

「……ん? 今、何か聞こえたかな」

 

と、霊夢の耳が奇妙な音を察知した。誰かの声のようだが…。
ここは周囲を鬱蒼と茂った木々に囲まれた薄暗い道だ。
…となれば声の主は普通の人間ではないだろう。

 

「あぁ、面倒な連中の予感だわ…」

 

こんな陰気なところで出くわすのは大抵が妖怪か普通でない人間に決まっている。
あまり関わり合いたくなかったが相手が有益な情報を持っているなら逃す手はない。
とりあえず様子見だけでも… と霊夢は茂みの中を覗き込んでみる。

 

「あぅ、いやっ、このぉっ、出てけぇ〜っ!」

 

森の中を流れる小川で丸々太った小娘が身をよじっている。ま
るで下手くそな舞踊のようだ。
なんだあれは。悪趣味な見せ物なのか。
霊夢は頭を抱えながら茂みを掻き分け、川のほとりへ歩み出た。

 

「耳障りな歌はやめて下手くそな踊りでも始めたの?」

 

「はぅっ、巫女!? 耳障りとは何よ、耳障りとは… ひゃあぁっ!」

 

奇妙な声の発生源は川の中で下手くそな踊りを披露していたこの少女のようだ。
幼い少女の姿をしているが、先ほどのリグルと同様に彼女も妖怪だ。
その正体は夜道を行く人間を歌で惑わす妖怪、夜雀。
名前はミスティア・ローレライという。
夜雀の名が表す通り普通は夜に出現し、大きな翼で飛び回る妖怪である。
妖怪を見慣れている霊夢でも明るい場所で見かけることは滅多にない。

 

「というか、昼間の夜雀は夜雀と呼んでいいのかしら」

 

「そんなことはどうでもいいわよ! 私は見せ物じゃないのよ!…あぁんっ」

 

「さっきから何を気色悪い声を上げてるのよ」

 

威嚇の言葉もサラッと聞き流して霊夢は質問を続ける。
が、当のミスティアは何者かと格闘中らしく全く話を聞いていない。
そのうちに足を滑らせたのか飛沫を上げて後ろ向きにひっくり返ってしまった。
鈍い音も聞こえたので頭を打ったかもしれない。
大股を広げてジタバタするミスティアの下着が丸見えになって、それでようやく霊夢は納得した。

 

「ウナギで自慰なんてとんでもない趣味ね」

 

「ち、ちが…っ、あっ… はっ… はあぁぁっ」

 

下着の中に何匹ものヤツメウナギが入り込んでいるのが見えた。
…うち何匹かは既に夜雀の秘部に頭を潜り込ませているようだ。
ミスティアは自慰ではないと言うが、ではどこをどう間違えたら雀が川で
ヤツメウナギに犯されるという珍事に陥るのだろう。

 

「あぁ、そういえば烏天狗の新聞で読んだ気がするわ。あんた、ヤツメウナギの夜店を出してるんだっけ?」

 

ミスティアは歌で人を惑わすという能力のほかに、人を鳥目にしてしまう能力も持っている。
そして、件のヤツメウナギという生き物は食べると夜盲症に効くらしい。
…つまり、彼女は夜道を通る人間をこっそり鳥目にしてしまい、
先回りして屋台に誘い込むという商売をしているのだ。

 

「じゃあ、今は材料になるヤツメウナギを仕入れてるところなのかしら」

 

「ガボゴボ… そのはずだったのよ! ゴボボ…」

 

うまく起き上がれないようで水の中でもがきながらミスティアが答えた。
その様子は雀というよりも亀に近い。
やがて起き上がるのは諦めたのか、ミスティアは這いずって岸まで上がってきた。

 

「ぶはぁっ、ぜぇ… はぁ…、り、陸に上がればこっちのもんなんだから…!」

 

ぶよんぶよんにたるみきった腹に圧迫されて紐のようになっていた下着を乱暴に引きちぎり、
今度は奥へ奥へ潜ろうとするヤツメウナギたちを抜き取ろうと奮闘する。
この娘はどうも“恥じらい”という概念をどこかに落としてきてしまったらしい。
それとも太りすぎたせいで開き直ってしまったのか。

 

「ひゃっ、こらっ、ソコから大人しく出ていけぇ! あぁーん、ぬるぬるするぅぅぅ!」

 

下腹の贅肉が邪魔して肝心の部分が見えない上に、腹がつっかえて体を
うまく曲げられないミスティアは四苦八苦だ。
ぶっとい腕を必死に伸ばし、前から後ろからヤツメウナギたちを引っこ抜こうとする。

 

「…はぁ。間違いないわ。これは悪趣味な見せ物ね。ミスティア、あんた随分太ったみたいだけど、この数日間どう過ごしてた?」

 

埒があかないので話を進めることにした霊夢。
この太りようだ。ミスティアもあの肥満弾の餌食になった者の一人なのだろうか、と霊夢は踏んだ。
しかし、その返事は霊夢の予想を裏切る間抜けな内容だった。
ヤツメウナギに対する罵倒と、喘ぎ声を省いて内容を要約すると、

 

「どうも最近お腹が空いて空いて仕方ないのよ。でも人間を捕まえるのも億劫でね。それで思いついたのよ。仕入れてあったヤツメウナギとかドジョウを食べればいいんだって。(どうもドジョウや普通のウナギもヤツメウナギと偽って客に食わせていたらしい。)
…それも一日で食べ終わっちゃったんだけどね。あとは夜店で稼いだお金で買えるだけ食料を買って食べたわ。でも、そっちも尽きちゃったから仕方なくヤツメウナギを捕まえに来たってわけ」

 

……どうやらずっと食べてたらしい。
食事の合間に弾幕ごっこを挟むことはなかったという。

 

(…じゃあ、純粋に食べ過ぎて太ったってことなの? でも、いくら食べまくったって二〜三日じゃこんな立派な体型になるわけない… わよね)

 

尚ももがき続けている夜雀を見る。
たった数日でこのフォアグラでも取れそうな肥え方は異常だろう。
そのとき唐突に霊夢の脳裏で激しいフラッシュバックが起きた。

 

「まさか、あの夢の通りってことなんじゃないかしら…」

 

過剰な食欲、少ない栄養でも肥えやすくなっている体、妙な快感。
全てが夢と符号するではないか。

 

(そう考えて思い出してみると、この数日は多少は食欲が増してたかもしれない)

 

そう、彼女たちは今朝までその異常性を異常だと認識できていなかったのだ。
まるで夢の出来事のように常識に靄がかかってしまっていた。

 

(それで充分な食事が取れなかったリグルと私とに体格差が出たのか。じゃあ、魔理沙と私の体格差はー…… あいつは主食がキノコだからね。きっと)

 

魔法使いに対する偏見半分、魔理沙に対する当て付け半分の意見であった。
ともかく、この異変における肥満化のメカニズムが少しずつ分かってきた。
あの肥満弾だけが原因なら異変解決まで決闘を避ければそれで済む話だが、
食事のたびに太ってしまうなんて冗談ではない。
多少の交戦は仕方ないことと割り切ってさっさと解決しなければ。
まぁ、このまま順調に情報が集まれば遅からず核心に迫ることができるだろう。

 

「これは永遠亭の識者に期待するしかないわね」

 

あの屋敷には優秀なブレインが居る。何が何でも情報を聞き出してやらねば。
霊夢はヤツメウナギにイイところを突かれたのかおかしな歌をさえずり出した夜雀を放置し、
薄暗い森を後にしたのだった。

 

 

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