394氏その1

394氏その1

前へ   7/12   次へ

#東方Projectシリーズ

 

ともすれば不安に押しつぶされかねない魔理沙に対し、
霊夢の方は驚くほど冷静に目的地へと向かっていた。
もちろん不安や恥じらいが全くないわけではなかったが、
肥満化したのが自分たちだけではないと分かり、次第にその気持ちが薄れてきたのだ。
…彼女の場合は単に暢気すぎるだけなのかもしれない。

 

「あぁ、ようやく竹林が見えてきたわ。…ここからが長いのよねぇ」

 

竹林は自然の迷路だ。
淡々と似たような景色だけが広がり目印になるようなものがない。
その平坦な景色も、竹は成長が早いためにすぐ様変わりする。
その上この竹林は霧が出やすく、更に緩やかな傾斜があり、
斜めに成長した竹のせいで平衡感覚まで狂う。
方向音痴とは相性が最悪だ。そうでなくとも迷いやすいというのに。

 

「…案の定ね」

 

案の定、霊夢は迷っていた。
以前、永遠亭の連中が異変騒ぎを起こしたときもあの屋敷を見つけられたのは偶然だったのだ。
(同行者があの八雲 紫だったので、もしかしたら偶然を装った必然だったのかもしれない)

 

「ダメだわ。さっきから同じ場所をグルグル回ってる気がする。妖精たちの騒ぎ方を見るに、そばで何かが起こっているのは確かなのに」

 

竹林に近づくにつれ妖精たちの数が増し、しかもいきなり攻撃してきたのだ。
普段は悪戯好きなだけの妖精が好戦的になっているということは、
近くにいる妖怪の気に当てられている可能性がある。
言い換えれば、この辺りで妖怪が何か強い術を使用している可能性があるということだ。
その術者が異変の黒幕なら良いのだが、十中八九が永遠亭メンバーの誰かの仕業だろう。

 

「うー。邪魔者を撃ち落としながらだと余計に道がわからなくなる…。日も暮れてきちゃったし本格的に迷子かしら……… ん?」

 

唐突に始まった妖精たちの攻撃はこれまた唐突に終わった。
逃げるように竹藪へと消えていく。

 

「…何か来るわね」

 

霊夢は懐に手を忍ばせる。いつでもスペルカードを引き出せるように。
しばらく進むと進行方向からドヤドヤと賑やかな声が聞こえてきた。

 

「な…、な、な、なっ!?」

 

現れたのは兎の大群だ! 兎と言っても小動物の兎じゃない。
人型に化けた、妖怪兎の群れである。
退避する間もなくその大移動に巻き込まれるが、
彼女たちは霊夢のことなど目に入っていないのか喚声を上げながら走り去っていく。

 

「さぁ、みんなあっちよ! モタモタしないで! 早く逃げるのよーっ!!」

 

その群れの最後尾で声を張り上げるものがあった。
見ればやはり妖怪兎のようだ。
ようやく兎の嵐から解放された霊夢はそいつに向かって怒鳴った。

 

「ちょっと、てゐ! なんなのよこの騒ぎは。永遠亭は引っ越しでもするの?」

 

「げげっ! 霊夢!?」

 

霊夢とこの妖怪兎の因幡てゐ(イナバ テイ)は顔見知りだ。
薄ピンクのふわふわなワンピースを身に纏い、穢れも知らぬような幼い少女の姿を持つてゐだが、
実は軽く千年は生きている幻想郷の古株妖怪なのだ。
そして、霊夢が今目指している永遠亭の住人でもある。

 

「うぇー。面倒なのに見つかっちゃったわ。…ま、そんなところよ。今の永遠亭は火事と引っ越しが同時にやって来たかのような状態ね」

 

「それは肥満化の異変が原因? …その割にあんたはあまり影響を受けてないように見えるけど」

 

頭から爪先まで、てゐを値踏みするような目で見る霊夢。
その体は普段と殆ど変わっていない。
永遠亭は貧乏なわけではない。よって食事はきちんととっていたはず。
仮に食料がなくともてゐは兎なのだからいざとなればそこらの草を食べたっていいのだ。

 

「なんで私たち妖兎が太ってないのか、知りたそうね。永遠亭へ行けば嫌でも分かるわよ。…ま、私たちもすぐにあんたと同じような姿になっちゃうと思うけど。
兎に角、私たちは今のうちにできるだけ遠くに逃げたいのよ。詳しいことはうちのお師匠に訊いて頂戴。そのつもりでここまで来たんでしょ」

 

そうまくし立てるとてゐは手下たちが駆けて行った方へ走り去ってしまう。

 

「ちょっと待ってよ! 肝心の永遠亭はどっちなの!?」

 

慌てて訊ねると竹藪の向こうから声だけが返ってきた。

 

「幸せ兎の私を捕まえるなんて、あんたは本当に幸運よ! いいこと、元来た方へ引き返しなさい! そうすれば永遠亭に辿り着けるわ!!」

 

「…元来た方へ、ねぇ。私は一体どっちから来たんだったかしら…」

 

半ば途方に暮れつつ直感で引き返すことにする。
しばらく行くと兎とは別の気配が近づいてくるのを感じた。
とっさに誰かいるのかと訊ねようとしたところ、向こうから先に声がかかった。

 

「誰かそこにいるな? その霊気… 巫女だな」

 

「その声、慧音ね」

 

果たして藪を掻き分けて姿を現したのは、頭から生えた天を突く二本の鋭い角が
印象的な少女だった。
スカートからは豊かな尾が覗いている。

 

「あー、そうか。今夜は満月なんだっけ」

 

霊夢に慧音と呼ばれた少女……
フルネームは上白沢 慧音(カミシラサワ ケイネ)という。
彼女は半人半獣で、普段は人間の姿だが満月の晩だけはハクタクの姿に変わってしまうのだった。
(※ハクタクとは大変に賢い瑞獣である)
人間の時は歴史を消す力を、ハクタクの時には反対に歴史を創る能力を持つ。
彼女はその力を使って幻想郷の歴史を編纂しているのだ。
人間を愛する正義感の強い娘で、人里に住み、寺子屋を開いて
子供たちに歴史を教えながら生活している。
博識な彼女ならこの異変に関して何か知っているかもしれない。
異変について訊ねようとした霊夢だったが、その前にどうしても言っておきたいことがあった。

 

「それにしても… ずいぶんと局地的な太り方をしてるじゃないの…」

 

「うっ、うるさいな、そんなにジロジロ見るんじゃない!」

 

霊夢の視線はたわわに実った慧音の乳房に釘付けだった。
こういうのをスイカップというのだろうか。
全体的にはムッチリした程度なのに、乳だけがやたら肥大化している。
こんな影響の受け方もあるのか。なんて羨ましい影響だ。

 

「…大体、お前な、他に訊くべきことがあるだろう、異変の詳細を訊ねるとか…」

 

「あー、そうだった。で、何か分からないかしら?」

 

「まぁ、私にも殆ど分かっていないというのが実際のところだが…」

 

「あのねぇ」

 

拍子抜けにも程がある。ついずっこけてしまう霊夢だった。

 

「まぁ、分かっていることだけでも話しておこうか。お前も博霊の巫女なら既に気づいていることも二、三あるだろう。つまり、太りやすい体になってることや、スペル発動時に現れる謎の肥満弾のことだが」

 

「それと肥満時には快感を伴うってこともね」

 

サラッと言う霊夢と対照的に顔を赤らめ頷く慧音。
この手の話には弱いのかもしれない。

 

「ま、まぁ、そんなところだ。それでだな、この異変によって妖怪も妖精もみんな太り出しているわけだが、実は里ではまだ大きな変化は起こっていない」

 

「えぇ。ここまで来る途中に里の上空を飛んだけど、その様だったわね」

 

「さて、霊夢。それがどういうことだか分かるか」

 

「へ?」

 

慧音の表情は教師のそれに変わっていた。
急に問題を振られた霊夢は焦ってしまう。
しばらくウンウン唸りながら考えていたが、やがて何か重大なことに気づいたのか絶句した。

 

「里に暮らしているのは人間……。どういうこと? この異変は人間には影響がない?」

 

「惜しいな。50点くらいか。…この異変は“人間には影響がない”んじゃない。それではお前が太る理由がない。いいか、“普通の人間には影響がない”んだ。とりあえず今のところは、だけど」

 

「私だって普通の人間よ」

 

間髪入れずにそう反論した空飛ぶ巫女さんに慧音は大袈裟に肩をすくめてみせた。

 

「本気で言っているなら永遠亭のお医者先生に診てもらうべきだな、その頭の中身を」

 

「…っあー! そうだ、永遠亭! 私は永遠亭に向かってたのよ!」

 

「あぁ、そうだったのか。永遠亭ならそっちだ。丁度私も永遠亭に用事がある。案内しようか」

 

慧音が指さしたのは霊夢が当初向かっていた方向とも、
てゐに言われて引き返していた方向とも違う方角だった。

 

「…もしかして私って救いようのない方向音痴なのかしら」

 

どうやらてゐは霊夢が引き返せば慧音と鉢合わせすることを計算していたらしい。
確かに慧音は永遠亭の場所が分かるらしいし、結果的には目的地に辿り着けるが…。
回りくどい教え方をしたものだ。

 

 

前へ   7/12   次へ


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database