394氏その1
#東方Projectシリーズ
「…それにしても慧音が永遠亭に用事なんて珍しいわね。どちらかと言えばそのご近所さんに用事なんじゃなくて?」
鎌を掛けてみるとどうやら的中だったようで慧音は少しばつが悪そうに視線をそらした。
「なんだ、そのしたり顔は。勘違いしてるようだから訂正しておくが、妹紅の様子を見に行くのは用事のついでだぞ」
「まぁた、照れちゃってからに。アリスほどじゃないけどあんたも素直じゃないわね」
慧音は永遠亭のご近所さんこと藤原 妹紅(フジワラノ モコウ)という少女を心配していたのだ。
正直、妹紅は慧音に心配されるほど柔な娘ではない。
慧音自身それは十分承知しているが、それでも心配なものは心配なのだ。
異変の情報収集のため永遠亭に用事があるのは事実なのだろうが、
メインは妹紅に会いに行くことに違いなかった。
「うるさいな。ほら、見えたぞ」
目の前が急に開けてそこに古めかしい造りの屋敷が姿を現す。
月の民が隠れ住む屋敷… 永遠亭だ。
てゐは「火事と引っ越しが同時に来たような状態」だと喩えたが
外から窺う限り内部が騒がしくなっている様子はない。
だが慧音の方は何か感じ取ったのか何故か顔を真っ赤にして立ちすくんでいる。
「…ここに居ても仕方がないわ。行くわよ」
慧音の様子はおかしいがとりあえず危険は感じない。
霊夢は自分の勘を信じて永遠亭へ踏み込んだ。慧音も後から慌ててついてくる。
暗い廊下をずかずかと進み目的の人物を探す。
待合室、診察室、客間… 見当たらない。
「となると薬剤の調合室かしらね」
「あぁ…、間違いない。気配を感じる。そっちだな…」
「ちょっとあんた、さっきから調子悪そうだけど大丈夫なの?顔が真っ赤よ」
それも奥に進めば進むほどに赤くなる。
しかし、せっかく気を遣って尋ねてやったのに慧音は黙りっぱなしだ。
これにはちょっとカチンときたので何か文句の一つくらい言ってやろうかと思っていたが、
慧音がおかしくなった理由が霊夢にも分かったのでやめておいた。
向こうの部屋から喘ぎ声が聴こえる。
霊夢より五感の鋭い(上にウブな)慧音はこの声にいち早く気づいてしまったのだ。
「ったく。この非常時に何やってるのよ!」
スターン! とイイ音を立てて襖を開ける霊夢。
中で誰が情事に夢中になってようが彼女は一向に構わない。
…慧音はとっさに視線を外していたが。
果たして、襖の向こう側には大きく太った銀髪の女性が
霊夢たちに背中を向けて立っていたのだった。
入る服がなかったのか適当な布を巻き付けているだけでほとんど裸だ。
霊夢の大声でようやく訪問者に気付いた彼女はゆっくり振り返る。
「あら、貴女は博麗神社の… 霊夢だったわね」
「うーん… それだけ立派に太っちゃうと、いつもの趣味の悪い服でないと誰だか分かりづらいわね」
相当失礼な感想だが銀髪の女性は苦笑いで済ませた。
彼女が永遠亭の識者、月の頭脳こと八意 永琳(ヤゴコロ エイリン)だ。
月の姫である輝夜の従者で、飲んだものを不死にするという蓬莱の薬さえ作り出す天才。
姫と共に自らも蓬莱の薬によって不死の力を得ており、
見た目は17、8の少女だが実際には千年以上の途方もなく永い時を生きている。
その永琳でさえこの異変からは逃れられなかったというのか。
その体はとても十代(実際には十代ではないが)には見えない中年のような太り方だった。
もっとも、こんな巨大な中年太りの女性を霊夢は今までに見たことがないが。
「さて、博麗の巫女である貴女がやって来たということは、そう、異変解明の為ね。後ろの半獣の貴女もそのクチかしら?」
声をかけられた慧音はハッと顔を上げた… が、すぐにまた俯いて早口に話し出す。
「え、えぇ。医術の心得がある貴女なればこそ分かることが何かあるのではないかと思い訪ねたのですが…」
「そうねぇ。確かに調べてみた結果、分かったことはいくらかあるけれど」
「ちょっと待て!」
呑気に話し始める永琳を霊夢が遮った。
「調べてみたって、あんたまさかソレのことを言ってるんじゃないでしょうね」
そう言って霊夢が指差した先には永琳の弛んだ巨体が。
そして、その巨体に隠れてよく見えないが診察台の上にいる一人の少女の姿。
「ん? えぇ、そうよ。ウドンゲで調べた結果」
診察台に横たわった兎耳の少女は素っ裸で息を荒くしている。
さっきから響いていた喘ぎ声の正体はこの少女だ。
彼女の名は鈴仙・優曇華院・イナバ(レイセン ウドンゲイン イナバ)。
月から逃げ出してきた兎で、現在は永琳を師と仰ぎ、その手伝いをして暮らしている。
「どう見ても性的な悪戯をされましたってな状況なんだけど、あんた一体どんな調べ方してるのよ」
「仕方がないのよ。服は脱がせておかないと肥満化の拍子に破きかねないし、喘ぎ声だって肥満化の副作用で発情状態になっちゃうからだし。でもね、見てごらんなさい。ウドンゲは殆ど肥満化してないでしょう? これは即効性の減量薬と、肥満化の進行を抑止する薬の成果なのよ。ただ、これは妖怪用の試作品。あまりに強力すぎて人間に使えるような代物じゃないのよね」
鈴仙の体型が変わっていないことには言われるまでもなく気づいていた。
竹林で出会った妖怪兎たちが太っていなかったのは永琳の作った薬のお陰だったのか。
まぁ、予想はしていたが。
妖怪兎たちが体型維持を投げ出してまで永遠亭から離れた理由も何となく分かった。
「地上の兎たちは性的な動物実験の餌食になるのが嫌で逃げ出してしまったわけね」
「性的は余計ね。純粋な動物実験。それにウドンゲは異変究明のために自ら診察台に上がったのよ。私も姫も薬の類は効かないから、新薬の開発にはどうしても協力者が必要なのよね」
「あぁ、そう…。私から話の腰を折っておいてなんだけど続きをお願い」
これ以上何を言っても無駄だろうし、そもそも霊夢には鈴仙を庇う気もない。
それに診察台の彼女は何だか満足げだ。庇う必要もないだろう。
「分かったわ。まぁ立ち話も難だから適当に掛けて頂戴」
永琳は霊夢と慧音に椅子を勧めると自らも机の前の小さな椅子に腰掛けた。
ギシリと嫌な音が聴こえた。
尻の肉が盛大にはみ出しているが器用にバランスを取っている。
二人が言われるままに腰掛けるのを待ってから永琳は話し出した。
「今回の異変、犯人は随分と思い切ったことをしたわよねぇ。ねぇ、貴女たち気づいていた? この異変のターゲットに」
「…ん? そんな話をさっき慧音としたような…」
「そう。流石に半獣の貴女は気づいていたようね。霊夢、今回の異変は人間をターゲットにしたものではないのよ。これは…… 妖怪を狙った異変だわ」
慧音に話を振られて薄々感づいてはいたが、はっきり言い切られると妙な気分だ。
「私は人間だわ」
「私も姫もウドンゲだって厳密には妖怪ではないわ。でも、私たちにはそれらと同等に扱われるだけの能力がある。何が目的なのかは分からないけど、黒幕は幻想郷の能力者たちの動きを封じるつもりでいるのよ」
十中八九は新しく幻想郷入りした余所者が実力者を封じ込めてのし上がるつもりなのだろう、
永琳はそう結論付けた。
確かにそういうことを考える輩は稀に現れる。
が、大抵は大したことも出来ないうちに古参妖怪にのされてしまうのだ。
今回のように大異変を起こせる妖怪はなかなかいない。
「まぁ、永琳が居てくれて助かったわ。人間向けの薬も是非お願いね。希望があるとこっちも思う存分やれるから」
「えぇ。天才の肩書きにかけて、きっと完成させるわ。ただ、現状ではちょっと難しいのよ」
「…どういうこと?」