394氏その1
#東方Projectシリーズ
永琳の口から思いもよらぬ弱気な発言が飛び出したことに霊夢は眉をひそめる。
天才薬師は肩をすくめて(贅肉がかなり邪魔そうだった)診察台の鈴仙を見やった。
霊夢と慧音もそれに倣い、そして驚愕する。
「えっ!? …なっ、何事!?」
鈴仙の体が膨れていた。
いや、今まさに膨れている最中なのだ。先程までは何ともなかったのに。
びくっびくっと大きく痙攣する度に肉付きが良くなっていく。
素っ裸なので肉の蠢く様子がよくわかった。まじまじ見ると少々不気味だ。
下腹部を中心としてどんどん肉の波が広がって行く。
ヘソの形が肉に押しやられて縦から横に伸びていった。
そして、このグロテスクな光景にはあまり似つかわしくない喘ぎ声。
鈴仙の太ももを伝って診察台の上にトロリと粘液が落ちる。
「…異変の影響力は日に日に強くなっているのよ。特に今日は満月だから… 月の魔力で敵さんの力が増しているのかもしれないわ。あっという間に薬の効力を打ち消してしまう。それどころかその力は薬の効力を上回ってしまうのよ。ウドンゲでこれ以上実験するのは危険かしらね。今より強力な薬を投与したら免疫力がついて、この系統の薬は効かなくなってしまうかもしれないから」
「…なるほど。異変を解決しない限りは薬も効果を発揮できないということね」
「えぇ。ただ、この異変の肥満化による健康上の障害は全くないと言ってもいいくらいないのが不幸中の幸いね。鈴仙をとってみれば、むしろ普段よりも健康な状態にあるわ。実質、この異変の被害といえば精神的苦痛と運動能力の低下くらいかしら」
…「超」がつくほどに肥満化しても健康?
永琳の説明に霊夢も慧音も首を傾げる。
もしも黒幕が幻想郷を乗っ取るつもりでいるなら些か不可解である。
「ねぇ、敵の狙いは本当に幻想郷でのし上がることなのかしー……
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
……ーっな、何この揺れ! じ、地震!?」
霊夢のセリフをかき消すほどの強烈な地響きを伴う激しい揺れが辺り一帯を襲った。
霊夢と慧音は慌てて柱や壁にしがみついたが、永琳はバランスを崩して椅子から転げ落ち、
鈴仙も診察台から投げ出される形となった。
永琳はしばらくジタバタもがいていたが、なんとか起き上がると「あちゃあ…」とらしくない呟きを漏らす。
「…参ったわねぇ。まさかあれだけ重ねた結界を破るだなんて」
「ちょっと、どういうこと? あんた、この揺れの原因を知ってるの?」
未だに揺れ続けているため、床を這うようにして永琳に詰め寄る霊夢。
永琳は悪びれもせずに頷いて、
「姫とあの娘が仲良くやっている証拠よ」
「何だって! 輝夜と妹紅が一緒なのか!?」
永琳の説明を途中で遮って慧音が大声を上げた。その響きは殆ど悲鳴に近い。
輝夜と妹紅の関係は複雑で、今では互いに“殺し合う仲”という物騒な間柄である。
先に説明した通り輝夜は不死者である。そして、妹紅もまた不死者なのだ。
藤原 妹紅の正体は昔話「かぐや姫」で姫に軽くあしらわれた求婚者の娘である。
父を愚弄した輝夜を恨み、その復讐として姫が月に帰る際に地上に残した
蓬莱の薬を奪い取り服用した。
それが不死の力を得る禁薬だとは知らずに。
幻想郷で再会した輝夜と妹紅は当然のようにぶつかり合ったが、
そうすることで逆に互いを理解したようだ。
喧嘩するほど仲が良い、という言葉があるが彼女たちの場合は殺し合うほど仲が良いのである。
しかし、普段はそれで良くても異変の真っ只中である今、
二人がぶつかり合うのは少しまずくないだろうか?
輝夜も妹紅もかなりの実力者だ。
二人が放つスペルが引き寄せる肥満弾の量などあまり想像したいものではない。
「永琳、貴女だってあの二人の力がどれだけのものか分かっているはずじゃないか! なんで二人がぶつかり合うことを未然に防げなかったんだ!」
それまで大人しく俯いていた姿の面影などない。
慧音は今にも噛みつきそうな剣幕で永琳を責める。
「えぇ、だから結界を重ねたと言ったでしょう。おかしいわね…、普段ならこう簡単に破られはしないのに。仕方がないわ。余所に被害が及ぶ前に結界を張り直さなくては。霊夢、協力して頂戴」
「えぇ〜!? これはあんたの不始末でしょう、私を巻き込まないでよ」
「このままあの二人を放っておけばもっと酷い巻き添えを食うわよ。博麗の巫女である貴女は結界のエキスパートでしょう。お願いね」
そう切り出されてはぐうの音も出ない。
彼女たちの肥満弾がもたらすであろう被害は霊夢も出来る限り避けたいのだ。
「私も行こう。説得すれば妹紅も分かってくれるかもしれない」
…慧音には悪いがそれは無理だろうと心の中で突っ込む霊夢であった。
果たして、永遠亭を出た霊夢と慧音は想像を絶する竹林の様子に一瞬言葉を失った。
夜空をも染め上げる紅蓮の炎と、負けじと輝く五色の光の柱。そして、渦巻く肥満弾。
…今の今まであれだけの高威力スペルを封殺し続けた永琳の力量はどれほどだというのだろう。
やはりただ者ではない。
二人より遅れて出てきた永琳は燃える竹林を見てやれやれと頭を振った。
「これだけの力が放たれていれば、いくら方向音痴でも迷うことはないでしょう」
「全くだわ。…行きましょう」
こうして世にも珍しい組み合わせの三人は火事の中心部を目指して飛び始めたのだった。