394氏その1

394氏その1

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#東方Projectシリーズ

 

日本に存在する世界というだけのことはあり、全体的に和風の(あくまで“風”である)
文化を持つ幻想郷の中、その屋敷は一際異彩を放っていた。
幻想郷にはこれほど大きな洋館がこの他にないのでそれだけでも目立つのだが、
何よりもその真っ赤な外観が異様さの最大の理由だった。
屋敷の前には大きな門を構えている。
一般人にとっては門だけでも威圧感があり近寄りがたいのだが、
紅魔館はそこに門番まで置いている。
しかし空を飛べる魔理沙からすれば門はくぐるものではなく飛び越すものだ。
いつも門番の制止の声も聞かずに通り過ぎてしまう。
魔理沙を屋敷に通すことすなわち貴重な魔導書が盗まれること。
門番としては何としても侵入を阻止したい相手なのだが、一度も成功した試しがない。
よって紅魔館の門番が魔理沙に抱いている感情は決して良いものとは言えない。
宿敵のようなものなのだから当然である。
やはり今日も目敏く魔理沙を見つけて進路に立ちふさがった。
いつもより必死な形相で。

 

「待った! 待った待った待った! そこの白黒の不法侵入常習犯、待ったー!」

 

「なんだよ。そんなに叫ばなくても聞こえてるぜ。待たないけど」

 

門番の今の体型はデブというよりは“ボリュームのある豊満な体型”と言ったところ。
いつもならスピード勝負で負けはしないが今日は向こうに分があるかもしれない。
それでも速度を落とすことなく振り切ろうとすると、門番は無謀にも箒の後ろにしがみついてきた。

 

「待ってって言ってるでしょう! 今日は歓迎するから、白黒の」

 

「ついに門番の役目を放棄したのか? 中国風の」

 

「誰が中国風だ! 私の名前は紅 美鈴! ホン、メイ、リン!!!」

 

「私は魔理沙だぜ」

 

いつもとは事情が違うのか、中国風の服装をした門番… 紅 美鈴(ホン メイリン)は
魔理沙を追い払う気がないらしい。むしろ歓迎するとまで言う。

 

「なんだか怪しいな。何を企んでる?」

 

「泥棒にこんなことを言うのは悔しいんだけど…。助けてほしいのよ。今、紅魔館は大変なの」

 

「…手短に話してくれ。聞くぜ」

 

今にも泣き出しそうなその様子、魔理沙を騙そうとしているようには見えない。
続きを促すと、門と紅魔館を結ぶ庭園の上を飛びながら美鈴は事情を説明し始めた。

 

「実は妹様が異変の影響で大暴れしてるのよ。先に止めに行ったお嬢様や咲夜さんは既に返り討ちにあってて…。今はパチュリー様が使い魔と一緒に足止めしているけど、このままじゃ地下室どころか屋敷を抜け出すのも時間の問題。で、ついに私も足止め要員に駆り出されることになりまして…。
あぁぁ、3面ボスがEX面ボスの足止めなんかできるはずないじゃない…… とほほ」

 

「最後の一言がよく理解できなかったが大体把握したぜ。それにしても屋敷のご主人様が妹ごときに返り討ちとは」

 

ここで簡単に紅魔館の住人を紹介しておくとしよう。
紅魔館には主である吸血鬼のレミリアを筆頭に、レミリアの側近とも言えるメイド長の咲夜、
図書館に巣くう魔女のパチュリー(と、門番 兼 庭番の紅 美鈴) …といった
幻想郷の実力者が住んでいる。
そして、永い永い間、屋敷の地下に監禁状態で暮らしていたレミリアの妹のフランドール。

 

「パチュリーから最近は大分大人しくなったと聞いていたんだがなぁ」

 

屋敷の住人のうち、最も厄介なのがこのフランドールだ。
495年もの間を地下室に封じられて過ごしていたのには理由がある。
持ち合わせた力の凶悪さと、それを制御できない幼い性格だ。
そんなフランドールも魔理沙や霊夢と関わりを持ってからというもの少しずつ成長しているようで、
以前のような不安定さは影を潜めつつあった。

 

「実際に最近の妹様はこれまでに比べれば大人しくなったわよ。…ただ、まぁ、今回の異変との相性が悪かったというか…… ほら、こっちよ」

 

普段でさえ薄暗くて陰気な紅魔館だが今日はいつにも増して不気味だった。
フランドールが大暴れしている、とはとても思えないほどの静寂。

 

「数だけは無駄に多くいた妖精メイドすら見当たらないな」

 

「咲夜さんが妹様を止めに行ったときに護衛として連れて行ったから。肥満化する間もなく消し飛んだんじゃない? …あぁ、次は私の番か……」

 

遠い目の美鈴が案内したのはレミリアの自室だった。重厚な扉をノックして中に声をかける。

 

「お嬢様、咲夜さん、お待たせしました。美鈴です」

 

「入りなさい」

 

返って来た声に魔理沙は思わず目をパチクリさせた。
美鈴を押しのけて扉を開くとズカズカと入室する。

 

「邪魔してるぜ」

 

「魔理沙!? なんで貴女がここに?」

 

魔理沙の姿を認めるなり、中にいたメイド服の少女が声を上げた。
彼女が十六夜 咲夜(イザヨイ サクヤ)。
完全で瀟洒なメイドとも悪魔の犬とも呼ばれる、スラッとした痩身と銀髪が銀のナイフを思わせる
美しい少女… のはずだった。

 

「咲夜か。随分声が太くなってたから一瞬混乱したぜ。太くなったのは声だけじゃないようだが」

 

「う…。どうせ美鈴から話は聞きかじっているんでしょう。それなら察して頂戴」

 

美しい少女だったはずの咲夜だが今や見る影もない。
その肥満度は自力で歩行出来なくなるのも時間の問題、といったところか。
頬にも容赦なく贅肉がまとわりついているため、口が大きく開かずに声がくぐもってしまうのだ。
しかし、驚くべきはその服装だろう。
これだけ肥え太っていながらきちんとメイド服を着ているのだった。

 

「そんな巨大なメイド服がよく見つかったもんだ」

 

「見つけたんじゃないわ。ないから自分で作ったのよ。時間を止めて」

 

咲夜は人間の身でありながら時空を操ることができる。
紅魔館の内部が見た目以上に広いのは彼女が空間を広げているからだし、
彼女がこの大きな屋敷の掃除を切り盛りできるのは時間を止めて作業しているからだ。

 

「ハンドメイドのメイド服ってわけか」

 

「誰がうまいことを言えと言ったのよ」

 

この危機的状況にあっても駄洒落を飛ばす魔理沙に不機嫌なツッコミが飛んだ。
声の主はそれまで部屋の奥に引っ込んでいた主のレミリア・スカーレットだ。
彼女は齢500歳を数える吸血鬼だが見た目は10歳そこらの幼女である。
容姿に惑わされがちだが怪物的な身体能力の持ち主で、
実は弾幕勝負より肉弾戦の方が性に合っているとか。
レミリアはレミリアで寸詰まりの巨体をフワフワのお洋服に包んでいる。
こんなときでも身なりに気を使うとは、流石誇り高き悪魔の一族である。

 

「聞いたぜ、妹君にぶちのめされたとか」

 

「冗談。ハンデがあったから不覚をとっただけよ。私はこの屋敷を守らなければならないけど、あの子は屋敷を壊したって構わない」

 

やはり無差別な攻撃ほど怖いものはないわけだ。

 

「しかし、あいつが本気で暴れてるならとっくにこの屋敷は壊滅しているんじゃないか?」

 

「そうね。あの子の持つあらゆるものを破壊する程度の能力をもってすれば、屋敷どころか足止めに来た者を跡形無く消すことだって可能よ。その最悪な事態を免れているのには理由があるのよ」

 

レミリアは心底忌々しげに爪を噛んだ。一呼吸置いてその理由を告げる。

 

「あの子は幼すぎた。女になるには早すぎたのよ。よりにもよって食欲ではなく性欲に支配された。そして、食べることによって得られる快感よりも、スペルの撃ち合いによって得られる快感を選んだ」

 

「なるほどな。気持ちいいことのお相手がいる間はそっちに夢中でいるわけだ」

 

「そういうことね。人間である咲夜はこれ以上太ると危険だから、あとは私たち妖怪が踏ん張る以外にないのよ」

 

レティのように自爆してくれれば手間がないのだが…。
相手を求めてしまうのは独りの時間が永かったフランドールだからだろうか。
そう考えると哀れではある。
考え込んだ魔理沙にそれまで黙っていた美鈴が恐る恐る声をかけてくる。

 

「人間のあんたには酷なんだけど、頼まれてくれない?」

 

「最初からそのつもりで通したんだろう? まぁ、私の目当ての大図書館は地下だしな。仕方ない」

 

体裁を気にしてかレミリアは複雑そうな面持ちだが何も言わなかった。
代わりに咲夜が詳しい状況を説明し出す。

 

「フランお嬢様は快楽を得るためか手加減はしていらっしゃるようです。相手が消し飛んでしまっては元も子もないと思ってるんでしょう。…それでも理性を失っている分、普段に比べれば攻撃は激しい。私もとっさに妖精メイドたちを盾にしたからこの程度の肥満化で済んだのよ。
今、地下室はフランお嬢様の暴走による屋敷への被害を最小限に食い止めるため、私の能力で限界まで空間を広げてあるわ。いくらフランお嬢様でもこれまでの交戦で動きは鈍っているはずだから、貴女と美鈴はこのチャンスを絶対に逃さないこと」

 

「分かった」

 

「分かりましたっ! …それにしてもパチュリー様はご無事でしょうか…。いくらこの数日お身体の調子が良いからといっても妹様が相手では…」

 

紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジは生まれながらの魔法使いである。
つまり、種族が魔法使いということだ。
(ちなみに魔理沙の場合は種族が人間で職業が魔法使い)
魔法使いは他の妖怪に比べるとかなり人間に近い妖怪で、
見た目だけでなく身体能力も人間とさほど変わらない。
それどころか、肉弾戦においては人間にも劣るくらいである。
パチュリーに至っては喘息を患っており、得意の魔法すらうまく使えないことがある。
そんな彼女が(使い魔が一緒とはいえ)フランドールとやり合うのは難儀だろう。

 

「本を貸してもらってる恩もあるしな。既に死んだりしていなければ私が助けてやるさ。さ、行こうか、中国風の」

 

「紅 美鈴! …全く、どこまでも緊張感のない人間ね」

 

ぶつくさ言いながら美鈴は先に退室していく。
魔理沙もその後に続いて出て行こうとして… 途中で引き返すと咲夜のもとへ小走りに近寄った。
ほんの少し言いにくそうに口ごもってから、そっと耳打ちする。

 

「咲夜、一つ頼まれてくれないか? …その、私の分の着替えをだな」

 

「ふふふ、貴女も女の子ね。構わないわよ。ただし、無事に帰還できたら、ですけどね」

 

「するさ。だから、頼むぜ。エプロンがないとどうも落ち着かなくて困るんだ」

 

「あぁ、白黒率も偏りますしね」

 

扉の向こうで美鈴が魔理沙を呼んでいる。待たせすぎたようだ。

 

「そういうことだ。じゃ、行ってくる」

 

再び小走りで部屋を後にする魔理沙の丸まった背中を吸血鬼とその僕は無言で見送った。
やがて廊下から響く二つの足音が消えたのを確認してから咲夜が重たそうに体を揺すって
扉を開けた。

 

「さて…。屋敷中から布を調達しておかなくては。レミリアお嬢様は少しお休みになっていて下さいね」

 

「万が一あの二人がフランを止められなかったときに備えて、ね」

 

「…えぇ。備えあれば憂いなし、ですわ。では、失礼します」

 

 

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