魔王の愉悦と、王女の…

魔王の愉悦と、王女の…

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「何だあれ… 肉の塊…? オークか何かか?」
「違うでしょ、多分人間よ、アレ… 一体どうしたらあんなデブになるのか、
 想像も付かないけど…」
「嘘だろ… 一体どんだけなんだよ、ったく」

 

冒険者たちの影口が、セフィリア達の耳に届く。
魔王を倒しにきた自分達に向けられる、見せ物小屋の動物を見るような視線にセフィリアは戸惑い…
そしてパージャは震えて。
ニーナは苦々しく思いながらも、口を開かず。

 

「…げぇっぷ… み、皆さん… 無事だったん、ですね…」
「うわ、信じらんねぇ… 汚ねぇなあ、ったく…」
「品の欠片も無いわね…」

 

冒険者の無事を安堵するセフィリアに、冒険者は嫌悪感を隠す事なく吐露して。
セフィリアは、自分に対して向けられる… そう、これまでに体験した事のない、嫌な視線に、
心臓を締め付けられるような思いを抱いていた。

 

「嫌… 見ないで… 見ないで、よぉ…っ、お願い、だから…」
「パージャ… セフィリア、様… 良いから… こいつらの言う事を、聞いてちゃ、ダメだ…っ」
「げ、ぷ… ど、どういう事です… ニーナ、さん… うげぇっぷ…っ」

 

ニーナはそんなセフィリアに、懇願するようにそう言って…
しかしそんな言葉も、セフィリアはすぐに理解する事は出来ず。
それと同時に、セフィリアは尻肉を震わせながら、勢大に放屁してしまい…
部屋に、爆音と異臭が広がって。

 

「ちょ…っ、なんだよアイツ… うわ、くっせぇっ!?」
「信じらんない、何考えてんのよあのデブ… さっさと失せてよ…」
「養豚場にでも帰ってろよクソデブ!」

 

冒険者達は鼻をつまみながら、嫌悪感を露わにすると…
近付くのさえ嫌だと言うように、手近にあった小石を、セフィリア達に向けて投げ始めたのである。
小石はセフィリア達に当たる度にブヨン、と弾き飛ばされ…
全身をたぷんたぷんと揺らしながら、セフィリア達は抵抗も出来ず。
特にセフィリアに至っては、何が起きているのか理解できないと言った様子で、
放屁し、ゲップをしながら… その度に、冒険者たちの嫌悪感を買ってしまって。

 

「いい加減にしろよデブ! 臭いんだよ!!」
「もう、誰かアイツを捨ててってよ…っ、見てるだけで鬱陶しいわ!!」
「う… げぇっぷ… そ、そんな… ご、御免なさい… ごめんな、さい…っ」

 

冒険者たちの投げる小石は、セフィリア達を傷つけはしないものの… 彼女達の心を深くえぐり。
セフィリアは、守ろうとしてきた民にぶつけられる、理不尽な罵詈雑言に茫然自失として。
そんな冒険者と、セフィリア達の様子を見ながら… ゼブルは小さくため息をつくと、口を開いた。

 

「…そんな事を言うのはやめたまえ。彼女達は、君ら冒険者を助け… 私を倒す為に来たのだよ?」
「はぁ? …ぷっ、ふざけんなよ… 俺達でも手も足も出なかったゼブル相手に、
デブが4人居たって勝てるわけねーじゃん」
「そうよそうよ、大体私達、別に頼んでないし… 正直有難迷惑っていうか、分を弁えろってのよ」
「そもそも、ゼブルは私達を殺そうとしてる訳でもないっぽいしな。
 ああ、お前らもゼブルに命乞いした方がいいんじゃねーの?」
「…そんな… 嘘… うげぇっぷ… 嘘、です… こんな、事…」

 

冒険者たちの心無い言葉に、セフィリアは顔面蒼白になりながら、顔を左右に振って…
目の前の光景を否定しようとする。
だが、どう足掻いても、冒険者たちの嫌悪の視線と罵詈雑言は消えずに…
助けに来た自分達に向けられる言葉に、セフィリア達の心は深くえぐり取られて。
セフィリア達の様子を見ながら… ゼブルは悲しげに、しかし口元を歪め… そして、口を開いた。

 

「…もう良い、黙りたまえ。
 セフィリア王女達は見ていて飽きないが、君等は見ているだけで不快だ」
「え」

 

パキン、とゼブルが指を鳴らすと… それと同時に、冒険者たちは部屋から姿を消した。
後に残されたのはセフィリア達4人と…そして、悲しげに顔を伏せるリーンと、ゼブルのみ。

 

「…残念な結果だったな… 此処ならば、或いは美しい光景を見れると思ったんだが」
「仕方有りません、ゼブル様。…ヒトの大多数はああなのです、
 外見だけで全てを判断し… 見下し、そして礼さえ忘れる獣なのですから」

 

ゼブルは至極残念そうに呟き、リーンは悲しそうに、ゼブルに話しかけ…
セフィリアも、パージャも、アーリアも心を深く傷つけられたのか、項垂れながら…
ただ、只管にボロボロと泣き続けて。

 

「…この卑怯者が…っ、そこまでしてセフィリア様を… パージャを、
 アーリアさんを傷つけて…っ、何のつもりなんだい!?」

 

ニーナだけはまだ抵抗の意思を持っていたのか、ゼブルとリーンにそう叫んで。
ゼブルはそんなニーナの様子を見ると…少しだけ、心外だと言った様子で口を開いた。

 

「卑怯、か… 私はセフィリア王女に真実を伝えたまでに過ぎないよ。
 この世界など、命をかけてまで守る価値はない、という事実と…
 そして、守ろうとしてきた者の本当の姿を、ね」
「ふざけるな!! 今の私達の姿を見りゃあ殆どの人間はあんな態度を取る!!
私達の身体をこんなにしといて… そんな事しときながら真実だって? 笑わせるんじゃないよ!!」
「おや、では君はもし自分が健常な立場で今のセフィリア王女を見たら…
 彼等と同じ立場だったとしても、同じような台詞を吐くのかい?」
「…そ、れは…」

 

ゼブルの言葉に、ニーナは思わず閉口する。
…する、訳が無い。
そう、自分の中でその事実を理解してしまっていたから。

 

「…ニーナ、君の言いたい事は解らないでもないよ。だがしかし… 今の君達は、そんな獣のような
 人間達の為に命を賭けているんだ… それは、とても悲しい事だと思わないか?」
「…っ、皆が皆、あんな奴じゃない!!」
「それでも、だ… 君等が救おうとしている者の9割はアレだろうよ。
 そして、残りの1割は少なからず、その9割の為に犠牲になる…
 当然だ、1割は他人の為に自分を捨てられる素晴らしき魂で、
 残りはそれに甘んじる薄汚い魂なのだから」

 

そこまで言うと、ゼブルはリーンを抱き寄せて… そして、優しく頬にキスを落とす。

 

「…リーンもまた、そんな魂の一人だった。彼女はたった一人で世界を救う為に私に挑みかかり…
 そして敗れ。私は彼女の魂に敬意を表し、国に返したが…彼女は国民によって迫害され、
 挙句の果てに殺されかけたのだよ」
「…そんな私を、ゼブル様は救ってくれました。私は結果として人では無くなりましたが…
 それでも、今でもゼブル様に感謝しています」
「ありがとう、リーン… まあ、兎も角。私はね、そんな美しい魂が
 薄汚い魂に消されていくのが我慢ならないのさ…
 だから、心を鬼にして、私はセフィリア王女に現実を教えて差し上げたのだよ。
 セフィリア王女はニーナ… 君のように、世の現実を知らないようだったからね」
「…っ、だから…っ、だから、何だって言うんだい? ゼブル… アンタはセフィリア様を傷つけた…
 それだけじゃない、パージャも、アーリアさんも傷つけた!
  それが、私にゃ許せないんだよ!!」

 

ゼブルの言葉に、ニーナは陰を落とすも… そう叫び、再びゼブルを睨みつける。
ゼブルは少し悲しそうに目を伏せると、だろうね、と呟いた。
そして、ゼブルが指を鳴らすと… それと同時に、セフィリア達の身体が萎み始めて。
この部屋に入る前の姿に戻ったかと思うと、体に出来た、小石による痣も消えて。

 

「…その事実を踏まえて、尚私を倒すと言うのなら良いだろう。
 だが、もしも… 私を倒す気が無くなったのなら、一つ提案がある」

 

動ける様になった4人に、ゼブルはそう言うと…少し、緊張したように息を吐き、そして告げた。

 

「私と共に、永遠を歩む気はないか? 私とリーンは… 美しき魂だけで作られた世界を作る為に、
 様々な世界を巡っている。もし君達さえ良ければ、私達の子として、同胞として…
 共に歩んでほしいのだ」

 

ゼブルのその言葉に、4人は息を呑んだ。
…冒険者達は、自分達を醜い存在だと罵ったのに、目の前の魔王は自分達を必要としてくれている。
それどころか、迎い入れてくれる。
そもそも、あんな人間達を守る必要はあるのだろうか?
あんな、酷い人の中で生きるよりは… 必要としてくれる者の元で、生きるべきではないのか―――?

 

そんな、取りとめのない考えが4人の頭の中を渦巻いては消えて行き。
…そして、パージャが唐突に口を開いた。

 

「…その、アンタが作ろうとしてる世界なら… あんな、思いをしないでも、済むの…?」
「ああ… 例えどんな外見であろうと、互いに認め合えて、笑い合える…
そんな、今の君達4人のような間柄でいられるだろう」

 

ゼブルの、そんな言葉と同時に… パージャは、ドス、ドス、と一歩ずつ、ゼブルに歩み寄って…
そんなパージャを、ニーナとセフィリアは思わず止めようとするが…
自分の中に生まれつつある感情に、手が止まり。

 

「…ごめんなさい、皆… 私… コイツと… ゼブルと一緒に、行くよ。
 ダメなの… もう、あんな奴等の為に、
 戦いたくなんかない…っ、それに… ゼブルの方が、どう考えたって正しいんだもん!」
「…わたち、も… わたちも、いく…っ、ぱーじゃ、と… いくの…」

 

パージャに続くように、アーリアもまた、ゼブルの元へと歩いて行って…
リーンは、残された二人に声をかける。

 

「…セフィリア様、ニーナさん… お願いします、此方側に来て下さい」

 

そんな、懇願するようなリーンの声に、二人の心は揺れ… そして…
その日、一つの世界から4人の存在が消えて無くなった。

 

 

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