334氏その8
***
野球勝負に負けた私は、グラウンドから一目散に逃げ去った。
どこでもいい。どこか遠くへ行きたかった。
そう思うほど、私の心は沈んでいたのだ。
町はずれまで来たところで、私は立ち止まり息を整えた。
周りは農地の中に平屋がぽつぽつと点在している。
ふと、目を上げると少し行ったところにひときわ大きい日本風の家屋が見えた。
瓦葺の屋根から十数mほどの煙突が伸びており、『宝満湯』という文字が
流暢な明朝体で書かれていた。
銭湯だ。
私は熱い湯船を想像して、その銭湯に入りたくなった。
落ち込んだ気持ちを汗とともに洗い流してしまおうと思ったのだ。
温泉マークが描かれた暖簾をくぐると、カビ臭いが鼻をついた。
今時の銭湯にしては珍しく、床や壁等の内装は全て木でできていた。
長い年月が経っているのか、垢や埃で黒くくすんでいる。
客は私の他に誰もいないようだ。
番台には忘れ去られたようにおばあさんがぽつんと座っていた。
顔には無数の皺が刻まれており腰は90度に曲がっている。90歳は越えているだろう。
「いらっしゃい」
ちらりとこちらを見ると、おばあさんが不機嫌そうに声をかけてきた。
「あの、お風呂に入りたいんですけど……」
おずおずと番台に向かうと、彼女は皺だらけの手をこちらに差し出した。
「女は入浴料タダだよ」
私はぺこりとお辞儀をして、『女湯』と書かれた赤い暖簾をくぐった。
更衣室は薄暗かった。
天井付近にある明かりとりの窓からわずかに光が差し込んでいるだけだ。
着ていたシャツとジーンズを脱ぎ、竹を編まれて作られた籠の中に入れた。
そして自分の体を見回す。
ブラやパンティーにむっちりとした肉が食い込んでいる。
太っているとはいえないが、とりわけスタイルがいいわけではない体形。
同年代の標準的な女性より少し太り気味といったところか。
それでも高校時代に比べれば10kgも体重が増えているのである。
私は気恥しくなって、荷物棚に置かれていたバスタオル(なぜそこにバスタオルがあったのか
私は疑問に思わなかった)を体に巻き付けて体形を隠した。
小宮真琴
175cm 68kg
B:82 W:72 H:80
***
ガラス戸を引いて浴室に入った。
最初は湯けむりでよく見えなかったが、目を凝らしている内に浴室の全貌が見えてきた。
鄙びた更衣室とは異なり、どうやらかなり広々とした造りになっているようだ。
100畳はあろうかという室内には、岩風呂・泡風呂・ワイン風呂等多種多様なお風呂があった。
私はその中から岩風呂を選び、湯船に身を沈めた。
「ふぅ〜」
安堵の息が口から自然に漏れた。
この岩風呂も天然の火山岩を並べて浴槽が作られており、情緒を感じさせるものになっている。
体の芯が温まってくるのを感じながら、私はたっぷり30分程、ゆっくりとお湯につかっていた。
なんだか、体の内側からエネルギーが湧きあがってくる気がした。
頬を上気させ、さっぱりした気持で岩風呂から上がった。
タイル張りの床に踏み出すと、自分の体が重く感じた。
お湯につかりすぎてのぼせてしまったか。
少しふらつきながら更衣室に向かうと、私はある異変に気付いた。
バスタオルを巻いたお腹がまるで妊婦のようにぽっこりと膨らんでいるように見えた。
(湯あたりして視界がぼけているのかな)
私は気を取り直してバスタオルから手を放し、籠に入れておいたブラジャーをつけようとした。
が、全身のむにむにとした肉に阻まれて、なかなかホックが閉まらない。
カップの上から乳房がはみでるほど、肉が余ってしまった。
私の胸はこんなに大きかっただろうか……?
疑問に思いつつ、パンティーを履こうと身を屈めると、何かがお腹につっかえて
上手く屈むことができない。
ふと下を見ると――分厚いお腹の肉が段を形成し、胸を圧迫していた。
おかしい。いくらなんでもこれほど私は太ってなかったはずだ。
まるで今の体は――正真正銘のデブじゃないか。
困惑しつつ、何とかパンティーを履き終えた。お尻の谷間に布地がぴっちりと食い込む。
そして、ジーンズを履こうとすると――せり出したお腹に阻まれ、ボタンを留めることができない。
間違いない。明らかにお風呂に入る前より私は太っている。
(こんなことがあるのだろうか?)
膨れた体を押し込めるようにしてジーンズとシャツを着終えた。
(あるとしたら、あのお湯に人を太らせるような怪しい成分が入っていたのでは?)
番台のおばあさんに真偽を尋ねるようと、更衣室を出た。
しかし、目の前に広がっていたのは銭湯の暗い室内ではなく――どこまでも続く緑の草原だった。
白い雲が澄んだ青色の空を流れている他は、生き物の気配は全くしない。
どうやら私は変な世界にまぎれこんでしまったようだ。
小宮真琴
175cm 85kg
B:95 W:87 H:85