334氏その8
「失礼します」
生徒会室の扉を開けると、中で何かをしまうような音が聞こえた。
「開いているわよ」
会長の落ちついた声が聞こえ、私達は室内に入った。
かすかにライムのような香りがした。整髪剤のような匂いだった。
会長はいつもの席に座って書き物をしている。
「書類仕上げてきました」
「ごくろうさま」
私達が書類を渡すと、会長は静かに答えた。
「では、失礼します」
生徒会室から出ていく時に、会長が座っていた席の横にあったゴミ箱に
お菓子の袋が大量に捨ててあったのがちらりと見えた。
教室に帰ってくると、砂糖の甘ったるい香りが鼻をくすぐった。
「あ、平野さん。遅かったね、小宮先生からいただいたクッキー、ほとんど食べちゃった」
笹倉さんが大きなきつね色のクッキーを食べながら申し訳なさそうに言った。
良く見るとクラスメートのほとんどがクッキーを食べており、
クッキーが入っていたと思われる箱は空だった。
「えー、なんで私の分残してくれなかったの?」
「ごめんごめん、あまりにもおいしそうに見えたから、つい……。これで勘弁して」
笹倉さんは私に食べていたクッキーを少し割って渡してくれた。
「もう、仕方ないわね」
私はもごもごとクッキーのかけらを口に含んだ。
***
小宮真琴の日記
201X年5月17日
なんとか桜ケ丘学園に教師として潜り込むことができた。
事前準備は全てリリスが行った。
魔法で学園長を洗脳し、呪いによって前任者を太らせ再起不能にした。
どれもこの学園の生徒を太らせるための作戦の第一歩。
私はリリスに使われる駒である。
だが私がこのような立場になったのも仕方がない。
リリスに豚魔人化を抑えてもらわなくては、私は今の姿を保つことができないのだ。
元の状態に戻るために今は耐え忍ぼう。
学園の生徒には、食欲増進効果と肥大生長促進効果があるクッキーを配布した。
早ければ明日にでも効果が現れるはずだ。
そう言えば、リリスは黒瀬綾に契約を持ちかけていた。
「太れば太るほど意中の相手と両想いになれる」という契約だ。
愚かにも黒瀬はその馬鹿馬鹿しい契約に飛びついた。
余程彼女になりたい相手がいたらしい。
リリス曰く、「ああいうプライドの高い人間が破滅していく姿を見るのが楽しみの一つ」らしい。
ああ、こんな悪魔の元から離れて元の生活に戻りたい。
そのためには、学園の生徒には悪いが太ってもらう。
***
5月20日。
意識的に食事量を増やしてから4日目。
体重が3kg増えて63kgになった。
やはり、脂っこい食事に変えたのに加え、間食にスナック菓子等を食べ始めたのが
効いているのだろう、予想した以上に体重が増加するペースが早い。
一体どのくらいまで太れば、芝くんと相思相愛になれるのだろう。
リリスは「相手が私を好いている程度による」と言っていた。
もともと相手が私に好感を持っていたなら5〜10kg程度で済むらしいが、
無関心または嫌っているならばそれ以上太らないと彼が私を好きにはならないそうだ。
なんとしても芝くんの彼女になりたい。
凡人とは違う私が付き合う相手としては、彼のような才能豊かなモデルがふさわしいのだ。
3日前に「2月の合コンのお礼だ」と言って菓子折りを持ってわざわざ私の生徒会室に来てくれた。
この時点で彼の私に対する好感度はそれなりに高く、かつ契約を結ぶ前から
彼は私に興味を持っていたと考えていいだろう。
なぜなら、芝くんが尋ねてきた時点では、私は食事量を増やす前で太り始めてはいなかったので、
契約は効力を持っていなかったからだ。
以上の点から考えると、彼のハートを射止めるにはそれほど契約に頼る必要はなさそうだ。
現時点で彼が私に抱いている好意を少し上乗せし、彼が私に告白するようしむければいい。
芝くんの彼女になったはいいが、肥満体になってしまっては元も子もない。
目立たない程度、そうだ、5kg増をひとまずの目標にしよう。
***
レストラン「いさはや」日誌 記入者:諫早由宇
・5月22日(水)
定時に店を開け、営業を開始した。
店が開く前からすでに並んでいる子が数人いてびっくりした。
彼女達の中に黒瀬綾さんがいてまたまたびっくりした。
ステーキと大盛りライスのセットを注文していた。
彼女、そんなに食べる子じゃなかったのにどうしてしまったのだろう。
ストレスによる過食かなぁ……これほど大きな学園だと生徒会長は激務のようだし。
以前より顔がふっくらしていた。
私としては痩せているよりも少々太っていたほうが健康的でいいと思うのだけれど。
美羽を通して食事には気をつけるように伝えよう。
・5月25日(土)
休日だというのに食堂は朝から寮生で大賑わいだ。
各店には長蛇の行列ができている。
私としては店がにぎわうのはいいことだ。
けれど、彼女達が注文するメニューが気にかかる。
ハンバーグやステーキ等、明らかにボリュームがあるメニューの売上が上がってきているのだ。
体育会系の部活に入っている一部の生徒を除けば、体形を気にする生徒が多い女子校では
これらのメニューは不人気な部類だったのに。
また、追加注文をする生徒の数も増えてきた。
中でもすごいのが、国東という背が高い生徒だ。
運動部に入っているのだろう、元々食事の量は多い方だったが、
最近は3回も4回もおかわりを頼んでくる。
見ているこちらは胸やけしそうなのだけれど、彼女の胃は底なし沼なのかぺろりと平らげてしまう。
私が「そんなに食べたら豚さんになっちゃうよ」と冗談を言うと、「大丈夫大丈夫、
毎日運動しているから」とかろやかに笑っていたが、少し動くのが辛そうだった。
ブレザーを押し上げるように発達した胸が歩くたびにバルンバルン左右に揺れていたのだ。
これでは豚というよりも牛になりそうだ。
私事になるが、美羽も最近よく食べるようになった。
両親に似たのか小食な妹だったが、この間、妹の部屋を掃除していると大量のスナック菓子の袋が捨ててあった。その直後、部屋に入ってきた妹に「私の部屋は私が掃除する!」と大層怒られてしまったのだが。
どうやら隠れて間食していることを知られたくないらしい。
「間食はいいけれど、食べ過ぎには注意してね」と、
下着の上にぽよんと乗った贅肉を指摘すると、下着をずりあげながら真っ赤になって睨みつけられた。