塵屑蟲
4、
***
あの“事件”から五日経った。
今日は週の終わり。日曜日。学校は、無い。
部活は、体調不良という事で休んだ。運動部なれど、元からそこまで厳しい部では無かったし。
「うぅ…」
ベッドに仰向けになってお腹をさする。
結局、この蟲を外に出す方法は何も分からなかった。
コレを飲ませた張本人は、何を聞いても何をしても「しらない」と薄気味悪く笑うだけだし、
かと言って誰かに相談するなんてできない。
そんな事をすれば、私のあだ名が“寄生虫女”になってしまうだろう。
教師なんて、論外。家族も嫌だ。何処から話が漏れるかわからない。
…そういえば最近、仲の良かった友達が私に声を掛けなくなった。
誰かと話をしていてうっかり秘密がバレる、という心配が無いから、それはまあ良いのだが。
「…はぁ…」
一応、自分なりに解決策も探した。
でも、病院に行くわけにもいかないから、全部自分で思いついた方法で。
近所のペットショップで虫下しの薬を買って、少し飲んでみるという大冒険もした。
効果は無かったけれど。
「どうすればいいの…」
思わず口から声が漏れる。
毎日毎日、お腹の蟲のせいで、お菓子やらご飯やらを無理やり詰め込んで食べ続けるのはもう嫌だ。
「はぁ…」
憂鬱なため息が出る。本当にどうすればいいのだろう。
枕元に置いてあった袋から、お菓子を取り出す。
なんだか、いつ何処にいても何か食べている気がする。
一週間ほど前まで、間食を控えてダイエットしていたというのに。
…そういえば、テレビで寄生虫ダイエットなんて話を見たことがある。
いま私のお腹の中にいる蟲は、そういう効果があったりするのだろうか。
いや、そんな生半可な物じゃないか。普通の回虫とかそういうのは、
宿主を内側からストレートに食べたりはしないはずだ。
「本当に、何て物を…」
飲ませてくれたんだろう、あいつは。私が何をしたって言うんだ。
ばりばりとスナック菓子の袋を開ける。塩っぽくて良い匂いがする。
こんな非常時だけど、素直に美味しそうだと思う。
ずっと何か食べているから、別にお腹は空いてないけれど。
でも食べる。蟲の餌が無くなると、私は内側から食い殺されてしまう。
「う…く…」
朝からずっと、部屋に籠ってお菓子を食べ続けていたから、お腹がいっぱいで苦しい。
右手でちょっとさすってみても、パンパンに張ってるのがわかる。
「苦し…い…」
でも、食べるのを止めるのが怖い。
…実は、お腹が空いていない時でも、お腹の中で何かが動いている感じがする事がある。
体の中に何かがいるという感覚と現実が私を掻き立てる。
だから、食べるのが止められない。止めてはいけない。
「う…ぅ…」
スナック菓子を頬張りながら涙をこぼす。
何で私が、あんな奴のせいでこんな目に遭わなければならないのだろうか。
私は、何もしていないのに…
とにかく、明日こそ何とかゴミ子から解決の方法を聞き出さなくては。
***
「そんな…」
私は愕然とした。今聞いたことが、信じられなかった。
「そんな…うそ…」
「…ほんとう、だよ。」
ここは校舎裏。なるべく人目のない場所で、私はゴミ子にもう一度、
お腹の蟲の取り出し方を聞いていた。
いつも、「知らない」「わからない」ばかりで、何の手がかりにもならなかったけれど。
私をこんな目に遭わせた張本人にこんな事を聞くのは、少し間抜けだけれど。
こっちが下手に出なければいけないのがすごく癪だったけれど。
…でも、この蟲の事を知っているのはこいつしかいないから、
だから、蟲を取り出す方法を知っているのもこいつだけだと思っていた。それなのに…
「…その蟲、飲み込んでから、何日かすると、内臓と…同化…?するんだって。
胃腸の?壁に?めり込む…感じ?らしいよ。最近、お腹の中で蟲が動くような…
感じが…してたんじゃない?」
「ちょ、ちょっと…何なの…それ…」
「さあー…?そういう蟲、らしいよ…。やったね、もう取り出せないよ。ふ…ふふふ…?」
それなのに、私が知ったのは、既に「手遅れ」という事だった。
何だ、そのふざけた話は。
「ふざけないでよ!私が何をしたの!?何でこんな事っ、私がされなきゃいけないの!?」
私は思わず叫んでいた。
人気の無い校舎裏に私の声が響く。
誰もいないからこそこんな大きな声が出せたのかもしれない。
「……。」
ゴミ子が一瞬顔をしかめた気がした。いつも無表情だから、気のせいかもしれないが。
「私が、そうしたかったから。」
すぐにまた無表情になったゴミ子の口が、自分勝手な事を言った。
「ふざけんな!」
私が怒鳴ると、ゴミ子は無言で近づいて来て私の顔を覗き込んで
「…やだ。」
と、一言だけ言った。
「…っ!?」
あまりに頭にきて思わず、その顔を殴る。
鈍い音と同時にゴミ子の姿勢が崩れる。こんなに誰かを殴りたいと思ったのは初めてだ。
「う…ふふ…」
「え…?」
殴られた時の姿勢のまま、ゴミ子が不気味な笑いを漏らす。普通ではない、異様な雰囲気。
そしてそのままゆっくりと姿勢を直していく。
「ふ…ふ…」
あまりの薄気味悪さに思わず固まってしまっていた私のお腹に、ゴミ子の手が伸びた。
「ひゃ…!?」
ゴミ子の手が私のお腹を撫でる。
ここしばらくの暴飲暴食でいつでもパンパンに張っているお腹を
他人に触られるのはすごく変な感じで、私は間抜けな声を上げてしまう。
「う…ふ…ふ…」
気色悪い笑い声を漏らすと、ゴミ子はそのまま私の横を通りぬけて、ゆっくりと歩き去った。
後姿がゾンビみたいで気持ちが悪い。
「……。」
ゴミ子の後姿が校舎の角に消えた後、しばらく私はその場に立ち尽くしていた。
どうしてこんな事になったんだろう。
右手で自分のお腹をさする。
手遅れ。どうして。
この一週間、誰にも相談できなかったからだろうか。
一人で悩んだ挙句がこの結果なのだろうか。
でも、誰に相談できたのだろうか。
そんな事を考えると、目の奥が熱くなった。
止めよう、そんな事を考えるのは。どうしようもなかったのだから。
誰かに話したら、私はおしまいなのだから…
***