塵屑蟲
5、
***
「ん…ぐ…」
口に運んだ菓子パンを噛んで、ペットボトルのお茶で流し込む。
さすがに甘いジュース類でお菓子を食べるのはきつい。
「む…むぐ…」
頬張ったスナック菓子を、半分丸呑みにするように飲み込む。
傍に置いたコンビニの袋から次のお菓子を取り出す。
休みの日は自分の部屋に籠って、それの繰り返し。
「う…く…」
苦しい。お腹が苦しい。吐きそうだ。
蟲を飲まされて、今日で早くも1ヶ月。
高2の一学期が、3分の1近く過ぎ去る様な、そんな永い期間。
この1ヵ月の間、何とか誰にもお腹の蟲の事を悟られないように隠してきた。
しかし、この秘密はいつまで保つだろうか。
学校を休むわけにはいかない。突然学校を休めば、皆に妙な詮索をされて変な噂が立つだろう。
食べるのを休むわけにもいかない。
いつも胃の中に何か入れていないと、私は蟲に体の中から食い殺されてしまう。
「う…ぶ…」
飲み込んだ物が食道を逆流して吐きそうになる。我慢して飲み込む。
「ぐ…ぅ…く…」
座っていた自分のベッドに仰向けに倒れる。苦しい。もう食べられない。
「ふぅ…ふぅー…」
昼食の後に菓子パン3袋、スナック菓子2袋、チョコレート2箱、煎餅1袋…
これだけ食べれば、夕飯までは大丈夫な筈。
とにかく、お腹がパンパンで苦しい。息をするのがつらい。
これでさらに、夕飯の後にまた夜食を食べる事になる。気がおかしくなりそうだ。
「ぐ…ぅ…ふぅ…ふぅ…」
そして、平日に学校に行けば休み時間の度におにぎりやクッキーをつまみ続ける毎日。
家に帰ってからもお菓子やパンを…
そんな生活を1ヶ月。人目を避けつつ、頭では何かを食べる事を考え続ける生活を1ヶ月。
私はもう、おかしくなってしまったのかもしれない。
最近、いつでも食べる事ばかり考えている。いつでもパンパンに張ったお腹ばかり気掛かりでいる。
「もう…やだ…」
私はいつ、この蟲から解放されるのだろうか。まさか、二度と解放されないのであろうか。
ゴミ子から無理やりにでも蟲を取り出す方法を聞けば良かっただろうか。
あまりしつこくゴミ子と話をすると、それだけで周りに不審に思われるかもしれない。
普段皆に避けられているゴミ子と、何で頻繁に話をするのか、と。
それに、もしあいつが本当に取り出し方を知らなかったら。
…私は一生、お腹の蟲に怯えながら何かを食べ続ける事になるのだろうか。
***
「最近、太ったね。」
ある日、学校の廊下でクラスメートの女子にそんな事を言われた。
「え…。」
私は背筋が凍る思いだった。そうだ、お腹に奇妙な蟲がいることは話さなければ隠せる。
でも、食べすぎで膨らんだ私のお腹は…
「なんか最近、休み時間とかもいろいろバクバク食べてるじゃない。ヤバくない?
ほら、なんかお腹もポンポンになってるし、顔も丸くなってきてるよ。」
「う…うん…」
そうだ、毎日あれだけ食べているのだ。こういう結果にならない方がおかしい。
蟲の餌が無くならないようにたくさん食べるという事は、蟲の餌と、私の栄養になる分に加えて、
さらに余分が無ければならないという事だ。
その余分な“食べたもの”は何処に行くのかといえば、やはり私の身体なのだろう。
「制服も伸び伸びじゃない?なんかストレスとか感じる事でもあるの?」
「あ…うん…」
本当の事を言う訳にはいかないから、適当に頷く。あながち間違っても無いけれど。
クラスメートには「どんな事?」等と聞かれたけれど、私は何も答えなかった。
やがて、話に飽きたらしい彼女が立ち去ると、後ろから不気味な声がした。
「ストレス…、なの?」
私は驚いて振り返る。そこにはゴミ子が立っていた。
「悩み事…?だいじょうぶ?」
どの口がそんな事を言うのか。原因はお前のくせに。
今すぐここでこいつを殴りたいけれど、今は休み時間で、ここは校内の廊下だ。
変に目立つと、お腹の蟲がバレる切っ掛けになりかねない。
「たいへん、だね?相談できるお友達が、いないと。」
「あんたねぇ…。」
こんな事、誰かに相談できる訳もない。
そういえば、最近仲の良かった友人と喋る機会がめっきり減った気がする。
休み時間も一人で何かをコソコソ食べている事がほとんどだ。
他人から見たら、今の私はどう映るだろうか。やはり、変だろうか。
薄気味悪さと気持ち悪さは、今目の前にいるゴミ子がこの学年一番だろうけれど。
「どんなきもち?」
「…え?」
唐突にゴミ子が変な質問をしてきた。
「ねぇ…いま、どんな、きもち…?」
「どういうこと…?」
「怖い…くるしい…?へ…えへへ…」
そうだ、こいつは何だか知らないけれど、私を困らせるためだけにこんな事をしているのだ。
「こ…の…!」
「ふ…ふ…。もっと…もっと…。」
小声でボソボソと呟くと、ゴミ子はそのまま教室に入っていった。
このまま私は、あいつに苦しめられ続けなければならないのだろうか。
こんなよくわからない生き物を、お腹の中に抱えたまま…。
***