塵屑蟲

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7、
***

 

「う…そ…」
私は目の中に飛び込んできた情報に凍りつく。
「78…キロ…」
お腹の蟲に怯えて暴飲暴食を繰り返す日々。
しばらくの間私は、家の体重計に乗っていなかった。
自分の体重を量るのが怖かった。太った事を認めたくなかった。
だって、そんなのはおかしい。私のお腹の中の蟲は、私が食べた物を食べている筈だ。
私がこんなに太るのはおかしい。今日まではそう思っていた。今日までは…
「……。」
言葉が、出ない。
実は今日学校で、私の制服のスカートのホックが壊れた。
よりによって、教室の真ん中で。自分の席に座ろうと、腰を屈めた瞬間。
ぶちん、という音と共に金具が弾け飛んだ。
教室中の視線が私に集中して、憐れみの様な色を映した後、すぐに逸らされた。
恥ずかしくて、死にそうだった。これは夢だと思った。
仲が良かった友達も、今日もまた欠席だったから、誰にもフォローはしてもらえなかった。

そういえば、最近私の友人達はあまり学校に来ていない気がする。
私が学校で一人でいる事が増えたのは、それが原因だろうか。
けれど、複雑な気分だ。今の私の身体を、友人に笑われる事が無いのは良い事なのかもしれない。
スカートを安全ピンで止めた私は、さぞ間抜けだっただろう。
「78キロ…」
確認するようにもう一度呟いて、そっと体重計を降りる。
明日、制服を新調しなくては。確か購買には制服が売っていた筈だ。
サイズは…Lサイズだろうか。私の体のサイズが、Lサイズ。巨体。
私服も、買い替えなくてはいけない。前に着ていた服はもう、小さすぎて着られたものではない。
これは、悪夢ではないのだろうか。きっとそうだ、と思いたかった。

 

***

 

翌日、学校に行くと、久しぶりに友達が登校していた。
少し前から、かなり頻繁に学校を休んでいたから少し心配だった。
特に、ここ最近は一週間くらい休んでいたから顔を見るのが久しぶりな気がする。
「ひさしぶり。」
彼女の席に近づいて私が声をかけると、友達は私を横目で見て
「…久しぶり。」
と一言、言った。なんだか、疲れた雰囲気だ。
「最近、なんか休みがちだね。どうしたの?」
「うん…なんか、アレルギーだか何だか…よくわからないけど、
 虫刺されみたいな跡があちこちできちゃって。蕁麻疹かな?
 熱とかは無いけど、やっぱり病院行ったりすると、休みがちだね。」
「ふぅん…。大変だね…。」
「大変だよ。顔とかにできたら嫌だし。」
「女の子だしね。」
私がそういうと、友達はため息をついて小さく、
「…まぁ、あなたみたいなのに外見の心配されても…あれだけどね。」

と、呟いた。
心臓がどきりとする。
「…どういうこと?」
声が震える。この友達が、何を言ってるのかわかっている。でも、聞かずにはいられない。
「…いや、別に。」
友達がそっぽを向いた。その態度に、ますます鼓動が早くなる。
「ねえ、どういうこと…?」
少し声が荒くなる。どうしてこっちを向いて喋らないのだろうか。
「…別に。私が大変な時に、呑気にお菓子ばっか食べてたあなたが少し羨ましかっただけ。」
顔が熱くなった。息遣いが早くなるのが自分でもわかる。
「…羨ましい…?」
「…?なに?」
「何が羨ましいの…?私がどれだけ大変なのか知らないでしょ…!」
声がさらに震える。
友達は私の様子をしばらくキョトンと見つめた後
「…そうだね。ごめん。何か嫌な事でもあったの?」

と言った。私の手がぶるぶる震える。
「嫌な事なんてもんじゃない…!」
何があったかは、言えない。蟲の事をバラす訳にはいかない。
けれど、今の私の状態を知らないくせに、何の気も無しに
「羨ましい」と言われるのが許せなかった。
「私が…!どれだけ…!」
「いや、あたしはそんな事知らないし。」

 

友達はうんざりしたようにため息をつきつつ席を立ち、教室を出て行った。
まるで、私の事を避けているみたいだった。
「(ひどいね、新種の皮膚病かもって言われてるのに)」
「(何様なの?あのデブ。あんたの大食いの原因なんてどうでもいいっての)」
また、クラスの女子たちのヒソヒソ声が聞こえる。
私に、わざと聞こえるように喋っているのかもしれない。
「(たまにあの子が学校来てても、無視してお菓子食べてたよね)」
「(マジ?もしかして友達が病気なのに今日気付いたのアレ。最低…)」
違う。今日気付いた訳じゃない。友達が休んでいた事に、今日気が付いた訳じゃない。
お前たちに笑われるのが嫌だったから、遅く登校して、早く下校して、人目を避けて、
声をかけるタイミングが無かっただけで、休み時間は食べるのに忙しくて…
「(薄情なデブだね)」
小さな笑い声が聞こえる。胸が締め付けられる思いだった。
「(でもさ、新種の皮膚病って、どういう事?伝染ったりするの?)」
「(しらない。でもキモチ悪いよね。他にも休んでる女の子多いし)」
そうだ。私はこれが怖いのだ。こうやって、皆の噂になるのが怖い。笑われるのが怖い。

「(触ったりしなきゃ、大丈夫じゃない?)」
「(空気感染するかもよ?)」
「(マジで?学校来ないで欲しいな…)」
私は、これが怖いのだ。

 

***

 

「79キロ!?」
家に帰ってお風呂に入った後、体重計に乗ると、そこにはとんでもない数字が踊っていた。
「そんな…なんで…」
昨日量った時は、確かに78キロだった。
たった一日で。朝起きて、学校に行って、帰ってくる間に1キロ増えている。
休み時間にずっとお菓子ばかり食べているからだろうか。お昼を人の倍以上食べるからだろうか。
帰りにファストフードのお店で買い食いするからだろうか。全部だろうか。
これは、仕方がない事なのに。私のお腹の中には、人食いの蟲がいるから。
だから、仕方がない事なのに。

 

 

自分の部屋に戻り、ドアのカギを閉める。
ベッドに座り、コンビニの袋に詰まった菓子パンを取り出す。
袋を破り、夢中で頬張る。噛む。飲み込む。
どうしようもないのだ。私は、こうするしか無いのだ。
ジャムの詰まったパンを食べきる。エクレアの袋を開ける。
誰にも、蟲の事を知られてはいけない。蟲に食われる訳にもいかない。
メロンパンを飲み込む。ドーナツにかぶりつく。
買ってきた菓子パンを食べきるまで、夜遅くの自室で、例え日付が変わろうと、
私は夢中で食べ続けた。

 

***

 

 

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