塵屑蟲

塵屑蟲

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9、
***

 

学校に登校する間も、ずっと恐怖は消えなかった。
昨晩のあれは何だったのだろうか。
ぱつんぱつんになった制服の上から自分のお腹を触る。もう違和感はない。
けれど昨日の、自分の内臓が意志を持って動いているかのような感覚は忘れられない。
いつまたあの感覚が襲ってくるのか。もしかして、もうすぐ蟲が私を食い殺し始めるのではないか。
いやだ。怖い。嫌だ。死にたくない。
どうすれば蟲をおとなしくさせる事ができるのだろうか。どうすれば…

 

***

 

「(ん…むぐ…もぐもぐ…)」
お昼休み、私は学食で昼食を食べていた。
とにかく、ボリューム重視の食事。食堂のメニューの中でも、とにかく量のあるもの…
カツカレーだの、ラーメンだのを、3〜4皿。最近はそれが普通になった。
もう、人目を気にしている場合ではない。変にコソコソしていると、昼休みが終わってしまう。
「ねえ、となり…良い?」
夢中でカレーを頬張っていると、後ろから声を掛けられた。
不自然に途切れた話し方。掠れた声。
「…座る、ね?」
ゴミ子だ。私を、こんな体にした張本人。
憎らしいクラスメートが、時々「ケホ、コホ、」と気味の悪い咳をしながら隣のイスに座る。
私はゴミ子を無視して昼食を食べ続ける。
こいつの事は憎いけれど、色々言ってやりたい事もあるけれど、今はそんな場合じゃない。
「昨日、大変…だった、でしょ?」
私のスプーンを持った手が止まる。昨日…?どうしてこいつが、それを?
私がゴミ子の顔を見ると、彼女はどこか憔悴している顔で薄笑いを浮かべた。

「蟲を、放って…70日…。数えて、いた…から。…そろそろ、かなー、って…。」
こいつは何を言っているんだろう。数えていた?何を?
「何のこと…?」
「昨日か…な?それとも?一昨日…あたり?…お腹の中が、変な、感じだった…でしょう?」
「な…!?なんで…それ…」
何故こいつがそれを知っているのか。
「やっぱり…」
ゴミ子がクスクスと笑いを漏らす。
「まだ、教えて…無かった、ね。…あの蟲の、最高の…機能の、こと。」
「なに…それ…」
昼食を食べる手が完全に止まる。私は、ゴミ子の顔から目が離せなくなった。
「あの蟲ね…宿主の、お腹に、入ってから…70日で…宿主の内臓と…完全に、置き換わるの…」
「え…?」
手が震える。何だ、それは。内臓の壁にめり込むとか言っていたのとは違うのか。
「ごめんね?黙ってて…。あのね、ちゃんと…聞いてね…?大事な事、だよ?ふ…ふふふ…。
 コホ…コホ…。…今、あなたの、胃と、腸と…いろいろな内臓は、完全に…蟲に寄生されたの…。

 もう、あなたの…内臓が、完全に“蟲になった”って…言っても、いいんじゃ、ないかな…?」
「な、なにそれ…っ…」
「ふふ…ふ…。ねぇ、そんな顔、しないで…?
 可愛い顔が、だいなし、じゃんか…?だいなし…じゃない?
 …あのね、今、あなたの内臓は、蟲が支配しているの。蟲が、食欲を、コントロールして…
 体の機能を、コントロールして…。蟲が、自分の繁殖しやすい、ように…あなたを支配するの…」
自分の顔から血の気が引くのがわかった。何だその怖い話は。
何だその、エイリアンに寄生されるような…映画の登場人物みたいな事態は。
「そ、そんな…私…。」
死ぬのだろうか、このまま私は蟲に寄生されて死ぬのだろうか。
「ああ…大丈夫…泣かないで?例え、蟲に、お腹の中が支配されても…“あなた”は死なない…わ…?
 それじゃぁ…つまらねぇじゃ、ねえか…?つまらな…い…もの…?ですよ、ね?
 …コホ…、コホ…。あなたの脳、そのものは…絶対に、寄生されないの…。
 蟲の出す、ホルモンは、食欲を掻き立てる…らしい、けれど…」
「じゃ、じゃあ、私…どうなっちゃうの…」
声が震える。いま私の体内で何が起きているのだろう。

「…あなたのお腹の、中身は、もう元の“あなた”じゃ無いけれど。でも、大丈夫。これから先はね?
 あなたの命は、蟲が守って…くれるの。蟲が、その成体が…あなたを食い殺す事は、もう無いの。
 これからは、蟲があなたの体調、を、管理してくれるから。病気にも、ならない。
 でも…その代り、蟲が、繁殖しやすいように…
 あなたはこれまでより、もっとたくさん、食べないと…」
ゴミ子の話は、私の想像以上に残酷な物だった。何だそれは、私はどうなったんだ。
「やったね、“蟲子”ちゃん。いっぱい、食べて、元気に育ってね。蟲を、大事にしてあげてね。」
そういって、ゴミ子は咳き込むようにカラカラと笑った。

 

***

 

お風呂場でシャワーを浴びながら、視線を自分のお腹に落とす。
今日の、学校でのゴミ子の話は、本当だろうか。
昨日の違和感。私の内臓が、蟲に寄生された際の違和感だったのだろうか。
壁の姿見の鏡に自分の身体を映す。最近はなるべく見ないようにしていた姿見の鏡。
元の面影も無いほど丸くなった顔、たるんだ顎、二回りは太くなった二の腕と太もも。
そして、理不尽に膨らんだぶよぶよのお腹。
シャワーのお湯を片手で体にかけながら、もう片方の手でお腹をさする。
この中には、2ヶ月に及ぶ暴食で肥大化した脂肪と、
よくわからない蟲に支配された内臓が詰まっている。
私は、どうなってしまうのだろう。死ぬことは無いと、あいつは言っていた。
本当だろうか。今すぐにでも、病院に行った方が良いのではないだろうか。
そして、この蟲をとってもらう…
「…だめだ…。」
そこまで考えて、私は重大な事に気付く。
今の私は、世間的に見たらどんな物になるのだろうか。
未知の寄生虫に犯された女。内臓が全部、蟲に支配された人間。

これが他人にバレたら、私はどうなるのだろうか。
嫌な想像ばかりが頭をよぎる。これからは、ますます誰にも知られる訳にはいかない。
「あれ…おなかすいた…?」
不意に、私は激しい空腹感を感じた。お腹の中に、何かを取り込みたいという欲求。
最近は全く感じなかった、胃の中が空になる感じ。
お風呂を上がったら、何か食べたい。食べたくてたまらない。
これも、蟲のせいだろうか。
この底なしの空腹感は、蟲のものだろうか、私のものだろうか…

 

***

 

 

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