塵屑蟲
10、
***
「107キロ…」
体重計の上で、自分の目を疑った。
嘘だ。私が、私の体重が、こんなすごい勢いで増えるはずがない。
この体重計が壊れているだけだ。そうでなければ、三ケタの体重なんて、あり得ない。
そうだ、三日前までは確かに90キロ少ししかなかったのだから。
だから、Lサイズの制服が着られなくなったのも、何かの間違いだ。
今日学校で、イスに座った瞬間にスカートが引きちぎれたのは、何かの幻だ。
朝早くの教室で、あんな醜態を晒してしまったのは、何かの冗談だ。
今日一日体操服で過ごし、クラスの笑いものになったのは、
蟲の、せいだ。
***
私の体は、もう元の私の面影も無いほどに巨大化してしまった。
以前購買で購入して、騙し騙し着ていたLサイズの制服も、
膨らみ続ける私の体に耐え切れずに逝ってしまった。
今日は日曜日。私は、特注サイズの制服を作ってもらうためにある服屋に来ている。
お金は、親に出してもらった。両親は、最近ブクブク太る私の事を気遣ってくれている。
理由も話せず、少し心苦しいが、仕方ないのだ。
蟲の事を話せば、きっともっとショックだろうから。
「大きい服…」
店内を見渡して、まず目に映るのは特大サイズの服。
ここはつまり、“そういう事情のお客”が来る店なのだろう。
ここでは、うちの学校の制服も扱っているらしい。
身長が高すぎたり、私のように横に広すぎる生徒の物だそうだ。
カウンターで、学校の名前と制服を作ってほしい旨を伝える。
店員は手際が良く、すぐに採寸する事になった。
今採寸して、今のサイズにぴったりの制服を作っても、
後二週間少しで今学期が終わるからあまり着ることは無いかもしれない。
大丈夫だろうか。夏季休暇に入って、さらに太ってしまったら、また着られなくなるのではないか。
そう思って、店員には少し大きめに作ってほしいと伝える。
もう、皆の前で制服が壊れる事態はごめんだ。
試着室の様な小部屋で、店員にサイズを測ってもらう。
スリーサイズは、上から、105・114・112。
何の言葉も無い。まさか、体重も含めて全部三ケタを余裕で超えているなんて。
あまりに恥ずかしくて顔から火が出そうだったが、
店員は何食わぬ顔でメモを取ると制服の完成はいつになるかを私に伝えた。
服屋を出る。
店の前で少し目をつぶると、私はとうとう一線を越えてしまったのだという実感が襲ってきた。
三ケタ。ありえない。私に限って、あり得ない。
絶望感に打ちひしがれていると、今度は空腹感が襲ってきた。
蟲が、私の体が、食べる物を欲している。
辺りを見渡すと、通りの向こうにファストフード店があるのが見えた。さっそく中に入る。
ハンバーガーやポテトを、三人前くらい注文して、店内の席に座る。
こういう食べ物は、安く量が食べられるから今の私にはぴったりだ。
ハンバーガーを頬張る。美味しい。
太るのは嫌だ。でもお腹が空いていて、そして食べ物を食べると美味しい。止まらない。
こんな生活を続けていれば、私はいつか、取り返しのつかない事になるだろう。
でも、止められない。
蟲が欲しているから。私の体が欲しているから。
私は食べ続けるしか無いのだ。
***
「108キロ…」
いや、正しくは108.9キロほど。
一日二日毎に、2キロ近く体重が増えていく。
「どうなるんだろ…私…」
これも、何度呟いたかもわからない。自分がどうなってしまうのかが怖い。
体重計を降りて、服屋を出てからハンバーガーやその他いろいろな物を食べ歩いた事を後悔する。
これ以上太りたくない。でも、食べたい。食べずにいられない。
「脳が寄生されないなんて…嘘だ…」
今の私は、蟲の意のままに食べ物を貪る格好の宿主に他ならないと思う。
自分の部屋に戻ると、そのまままたいろいろな物を食べ漁る。
菓子パンやスナック菓子は当たり前。最近は物珍しい駄菓子も買い溜めしている。
普通、こんなに大量に食べたら味なんか判らなくなりそうなのに、そんな事がない。
甘いものは甘く、塩辛いものは塩辛い。そして美味しい。私の体が、食べ物の味を堪能している。
口にパンケーキやチョコレートを頬張り、飲み込む。ジュースを流し込む。
そうする毎に、だんだん自分のお腹が膨らんでいくのがわかる。
中の物を消化して、萎んでいた私の胃袋が満たされていくのが、堪らなく心地良い。
もっと食べたい。自分のお腹を、もっと満たしたい。
私は食欲に任せて、手当たり次第にお腹に詰め込んだ。
「ぶ…ふぅ…」
そして、また私は動けなくなる。その場に寝そべり、姿勢を変えることができなくなる。
中身がぎちぎちに詰まったお腹が、すさまじい重量感で私を床に押さえつける。
だけど、息苦しくは無い。それどころか、満足感が心地よくさえある。
「いやだ…また…太っちゃう…」
誰かにデブだと笑われるのは嫌だ。噂されるのは嫌だ。蔑まれるのは嫌だ。
頭ではそう思っているのに、体が許してくれない。
お腹が一杯になった事で訪れる、激しい膨満感と満足感。
私はそのまま眠りへと落ちて行った。
***