塵屑蟲

塵屑蟲

前へ   11/20   次へ

 

 

11、
***

 

もうすぐ、一学期が終わる。
私は、できたばかりの特注の制服を着て、学校へと向かう。夏の初めだけあって、とても暑い。
特に私のような、110キロを軽く凌駕するような体型だと、
汗が体中から噴き出して止まらないほど暑い。
家から学校に着くまでに、制服がびしょびしょになってしまう。
教室に入り、自分の席に着く。何とか汗を引かせようと、首元から風を送り込む。
「(ねぇ、なんか変な臭いしない?)」
「(ホントだ、なんかくさーい。)」
背後からクラスメートのヒソヒソ声が聞こえる。
「(やっぱデブって体臭キツぃよね。)」
「(自分が迷惑かけてるってわかってんのかな)」
胸の奥が痛くなる。私は襟を仰ぐのをやめて、身を小さくする。なるべく小さく。
誰の目にも映らないように。
「(マジでキモい)」
ほんの二、三か月前までは、私がこんな仕打ちをされる事は無かったのに。
変な蟲を飲まされたばかりに、こんな事になった。全部、ゴミ子のせいでこうなった。

本当なら、もうこんな姿で学校には来たくない。皆に笑われたくない。
でも、このまま登校拒否なんて事になれば、私はゴミ子に負けた事になる。蟲に負けた事になる。
それも絶対に嫌だ。
「(げ、もう一個の方が来た)」
クラスメートのヒソヒソ声が聞こえる。ああ、噂をすれば影か。ゴミ子だ。あいつが来たんだ。
そういえば、私のお腹の中が蟲に乗っ取られた話を聞いてから、あいつとはあまり話をしていない。
私は、ゴミ子が憎い。私を貶めたあいつが、憎い。
でも、だからと言ってあいつに何かしても意味がない。
もう、私はこうなってしまったのだから。
さらに身を縮める。なんだかもう、このまま消えてしまいたかった。

 

***

 

昼休み、大量の昼食を食べ終えた私は、なるべく人の少ない廊下を通って教室に戻ろうとしていた。
角を曲がったところで、肩が誰かにぶつかる。
「あ…ごめんなさい…」
とっさに謝った。ぶつかった相手は、同じクラスの男子。
「…ってーな。デブ。」
男子はもの凄く不機嫌そうに悪態をついた。そんなに激しくぶつかった気はしなかったけれど。
「おい、ちょっと待てよデブ。」
その場を立ち去ろうとすると、突然腕を掴まれた。
腕の肉が、男子の手に掴まれてぶにゅり、と変形する。
「なにぶつかってきてんだよデブ。…っざっけんなよ。」
男子はそのまま私を押すと、さらに人目の無い…誰もいない廊下の方へ私を突き倒した。
驚いて声の出ない私のお腹を、男子は右足で蹴った。
「べふぅ…っ!?」
「気持ち悪い声出すなよ。デブ。そんな強く蹴ってねーだろ。」
確かに痛くは無いけれど、でも昼食を大量に食べた直後にお腹を蹴られると吐きそうになる。
「お前気持ち悪いんだよ。そんなブクブクの体でぶつかってきてんじゃねぇよ。」

次々に浴びせられる男子の暴言に、目の奥が熱くなる。
何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。
「…は?泣いてんのおまえ。マジきめぇ。」
男子は鼻で笑った後、また私のお腹を蹴った。さっきより少し強く。
「えふ…っ…!」
私の口から声が漏れる。酷い。私が、なんで、私が。なんで、こんな目に。
目から涙がこぼれる。
「…なにを、している…の?」
と、その時。聞き覚えのある掠れ声と、どこかで嗅いだ事のある甘い匂いがした。
「ねえ、…なにを、しているの?」
目の前で、私を蹴っていた男子が崩れ落ちる。
「その子を、壊していいのは…私なの…。その子は、私の、物なの。」
ゴミ子が立っていた。
右手にハンカチを握りしめたゴミ子が、真っ赤に充血した目で男子を見下ろしていた。
ゴミ子の枯れ枝の様な手が、男子の髪の毛を掴む。
「あなたは、何をして、いた…の?」

瞳孔の完全に開いた瞳で、ゴミ子は無抵抗の男子の顔を凝視した。
「いいわ…すぐ、に、…わからなくなる、から。…心を、かじって…あげる。ね?」
ゴミ子の腕に、胡麻を振ったような黒い染みが無数に浮き出た。
男子は「ひっ」と小さく声を上げる。
「あなた、じゃまよ…。ころす、ひつようは…ないけど…。ナニモ ワカラナク ナリナサイ…」
ゴミ子の腕の染みが広がり、ゴミ子の腕全体が漆黒に染まる。
その腕で、ゴミ子は男子の額を掴んだ。
「ひぃぁ…!?」と小さく声を出して、男子は白目を向いて動かなくなった。
ゴミ子が首をぐるんと私に向ける。白目が完全に紅く充血した目で、私を凝視する。
「ひ…」
怖い。お腹の蟲とは、また違う次元で怖い。
この生き物から、一刻も早く逃げたい。でも、体が重くて素早く立ち上がれない。
後退りもできない。逃げられない。
「怖がら…なくても、いいよ?あなたは、死ぬ必要…ないもの…」
ゴミ子の腕から黒い染みが引いていく。充血していた目も、赤色が薄くなってきた。
「その、大きな体…で…、悲しみに、涙を流すのがあなたの役目なの…。」

そう言ってゴミ子は私に背を向けた。
「ま…まって。」
私は思わず彼女を引き留めた。
「私」
「…なあ、に?」
「なんで…なんで、私にこんな事をしたの…?」
私は自分のお腹を抱え上げるようにして言った。
「こんなの…酷い。どうして…どうして私に蟲なんか――」
「…ジブンでカンガエロ。ブタ。」
私の問いに、ゴミ子は少しギシギシした声でそう答えると、人気のない廊下を去って行った。

 

***

 

自分の部屋で、ベッドに横になって考える。
今日のゴミ子の事。あの時、何が起きたのだろうか。
私に蟲を飲ませた時、あいつは「苦しんで死ね」みたいな事を言っていた気がする。
実際、人を内側から食べて殺す蟲を飲まされたあたり、殺意しか感じない。
「なんで…?」
なのに、今日私はゴミ子に助けられた。いや、別に死の危機に直面していた訳ではないれけど。
でも、男子に蹴られていた所を助けられた。…そういえばあの男子はどうなったんだろうか。
完全に放置してしまった。
「…どういう事だろ…」
それに、あのゴミ子の異様な雰囲気。黒い染み。充血した目。あれは何だろう。
なんで、彼女は私にこんな仕打ちをしたのだろうか。
「……。」
考えていたら、お腹が空いた。ベッドから重い体を起こす。
そうだ、今日はあんな事のあった直後だから情けない事になってしまったけれど、
明日、もっと強気になって本人に直接聞いてみよう。聞き出してみよう。
帰りに買ったお菓子を食べながら、明日すべき事を考える。

大丈夫、相手はゴミ子だ。きっと聞き出せる。聞き出せるはずだ。

 

***

 

 

前へ   11/20   次へ


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database