塵屑蟲

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12、
***

 

「…なんの、よう?」
私は、ゴミ子の座る席の前に立っていた。
「…聞きたい事があるの。」
なぜ、こいつは私をこんな目に遭わせたのだろう。こんな体にしたのだろう。
「(見て、デブとゴミ子がなんか話してる)」
「(やばーい。きもーい)」
クラスメートのヒソヒソ声が背中に突き刺さる。
確かに、私とゴミ子のツーショットは目を引く物があるだろう。
今私はゴミ子の机の前に立っているが、お腹の下の方は机に少し乗っているし、
お尻はゴミ子の前の席のイスを押しのける状態になってしまっている。
体重120キロ近い巨体には、この机の間隔は狭い。
「私は、いいけど?…べつの、ところで…話したほうが?あなたは…いいんじゃない?の?」
ゴミ子は虚ろな目でそういった。確かに、ここで蟲の話をする訳にはいかない。
場所を移すなら、どこがいいだろうか。

 

***

 

体育館の第二体育室。ここは普段、室内体育の部活動が行われる場所。
一学期の終わり間際の、しかも昼休みには誰も来ようとはしない場所。
「ここなら良いかな」
「……そう。…ね?」
誰もいない事を確認して、扉を閉める。
パンの袋がぎっしり詰まったビニール袋を脇に置いて、私は壁を背に腰を下ろした。
ゴミ子も私の隣に座る。
「…なに、聞きたい…事…て?」
ゴミ子が私に尋ねる。
こいつは、私が蟲以外の事で自分と会話しようとするなんて思っているのだろうか。
「ねえ、何で私にこんな事するの?」
「…こんな、こと?」
「わかってるでしょ!?蟲の事!なんで私にこんな物を飲ませたの!?」
思わず声が大きくなる。誰もいない体育室に私の声が反響する。
「なに…オ?いまさら…」
「おかげで…私はこんな体になっちゃったじゃない!」

「そう、だね…。ふ、ふ…ふふ…。ケホ…ケホ…。まんまるで、かわいい…」
「ふざけないで!」
私の体をこんなにしておいて、何食わない態度のこいつが腹立たしい。
「何でこんな事するの!?私があなたに何かした!?」
私の声に、ゴミ子は一瞬体をピクリと震わせると、私の顔を凝視した。
見る見るうちに目が充血していく。
「…覚えて…ナイノ?」
ゴミ子の赤黒い瞳が私を見つめる。
不意に、耳鳴りがした。何だろう、ガラスをなぞるような…いや、鈴虫が鳴くような、
りーん、という耳鳴り。
「ねぇ…オボエテ…ない?の?」
「え…?え…?」
怖い。無表情のゴミ子が、血の色に染まった瞳で私を凝視する。
「あなたのせいで…アナタノ…セイデ…オマエノ、セイデ…!」
ゴミ子の表情が、突然鬼の面ように変わっていく。
「ひ、あ…」

恐怖で体が動かない。今すぐに、この生き物から逃げたいのに。
「…セイデ…オマエノ、セイ…、ゲホ…ッ…ゲホ…!ア…アア…」
ゴミ子は、脇のビニール袋からパンの袋を取り出して片手で封を破ると、
床に縫い付けられたように動けない私の口に中身をねじ込み始めた。
「ぶ、!?も…もが…っ」
ゴミ子は私を壁に押し付けて、次々に私の口にパンが詰め込まれる。
一つ飲み込めば次。それを飲み込めばまた次。
やめて。苦しい。息ができない。
「ギ…ギギギ…。ギシ…シ…ギ…」
開いたゴミ子の口から金属が軋む様な音が聞こえる。
私は口に無理やり何かを押し込まれる感覚と恐怖で混乱したまま食べ物を詰め込まれ続けた。

 

 

「ふー…ふー…」
ビニールの袋が空になり、ゴミ子が私の口に無理やりパンを押し込む手が止まった。
口の中が空になった私は、空気を貪るように吸い込む。
「……」
ゴミ子は血の色をした瞳で、呆然と私の顔を見ている。
「あ…」
不意にゴミ子の口から声が漏れた。
「…ごめ…なさい…」
「…ふぇ…?」
「ごめんなさい…ゴメンナサイ…。ゲホ…ッ…。ごめんなさい…。」
突然、ゴミ子はそう繰り返しながら、私の膨れたお腹を撫で回し始めた。訳が分からない。
「え…ちょ…っと?」
「ごめ…ぃ…。ご…なさぃ…。」
枯れ枝の様な手で力なく、私に抱きつくように乗りかかった状態で、私のお腹を撫で回すゴミ子。
軽い。上に乗られているのに、ほとんど重さを感じない。こいつ、こんなに痩せていただろうか。
「え…ねえ、ちょっと、何…?」

「う…ゥウ…う…」
やがて、ゴミ子は私に抱きついたまま動かなくなった。口から、呻くような声だけが小さく漏れる。
「…ねえ、覚えてないって、何?」
どういう事だったのだろうか。私は、何を覚えていないのだろうか。
「…ゴミって、いった…」
「…え?」
「去年…春…。あなたが…ゴミって、言った…。みんな、で、…わら…った…ぁ…」
消え入りそうな掠れ声で、ゴミ子が私のお腹に顔を埋めながら言った。
「わたしが…?」
「笑われた…。あなたの、せい…だもん…。とも…だ…ぃ…。言った?の、に…」
何の話だろうか。私が、こいつに何か言った?去年?
「…あ…。」
そうだ。思い出した。私は、確か、去年の一学期に。
「ころ…してやる…。だめ…?だ、め…。壊してやる…。苦しめ…くる…、しね…。
 オマエ…せいだ…ぁ…」
私に抱きついたままのゴミ子の顔を見る。今まで何故か気にもしていなかった。

よく見れば、ゴミ子の顔は所々ひび割れ、血が滲み、かなり悲惨な事になっていた。
何が起きればこんなに凄惨な状態になるのだろうか。
「…ごめん。」
私の口から、そんな言葉が漏れる。ゴミ子は体をビクッと震わせて、私の顔を見返した。
「…あやまんないでよぉ…」
ゴミ子の目から、涙が溢れた。みるみる顔がくしゃくしゃになってゆく。
「ころして、やる…。こわして…やる…。あやまんないでよぉ…」
静かに力なく泣きじゃくるゴミ子を、私はそっと抱きしめていた。
私の、柔らかいお腹と腕の肉にうずまるように、抱きしめていた。
そうか、そうだったのか。私の、せいだったのか。
誰もいない体育室に、静かに嗚咽が響き続けた。

 

***

 

 

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