塵屑蟲
13、
***
そうだった。確かに、そうだった。
私があんな態度をとったから、ああなったのか。
私があんな事を言ったから、そうなっていたんだ。
お風呂場で体を洗いながら、ゴミ子の事を考える。
体育館での出来事を想い返す。あいつの泣き顔を思い出す。
「私の…せい。」
だからといって、こんな蟲を飲まされてこんな体にされて、納得がいく訳がない。
けれど、それでも一つ、納得というか合点がいった事がある。
何と無しに視線を落とす。
私の目に、でっぷりと突き出したお腹と、たっぷり膨らんだ両胸が映った。
128キロの巨体。あいつが、私をこんな姿にした。
もうすぐ定期試験があって、そして一学期が終わる。
その後で良い。なるべく長く時間をとって、あいつと話がしたい。あいつと、ゆっくり話がしたい。
***
「……。」
「……。」
夏休み最初の日。私はゴミ子と、ファミレスに来ていた。
高校は夏休みでも、今日は一応平日の昼間なので、他の客はいない。
ここでなら、ゆっくり話ができると思う。
私は特大サイズのジャージ姿。ゴミ子は制服。お互いの服装から、休日という感じが全くしないが。
定期試験は、特に問題なく終わった。
お腹の中の蟲の驚異や、皆に笑われる恐怖から意地でも逃げずに学校に行っていた甲斐もあって、
成績がどん底になる様な事は無かった。素直に、うれしい。
「…。」
私と向かい合うように座ったゴミ子が、居心地悪そうに肩をすぼめている。
電話番号を、クラスの緊急連絡網の資料で調べて、今日ここに呼び出した。
「ねえ…。」
「…。」
私が話しかけても、ゴミ子はうつむいたまま喋らない。
蟲を飲まされて以来、こいつを怒りと憎しみ以外の目で見たことが無かった…と、思う。
今まで気にもしなかった。気付かなかった。
今落ち着いてゴミ子の姿を見てみると、一つ、強く感じる事がある。
干からびたように生気の薄れた、栗色というよりスス茶色の髪。
赤黒くひび割れた顔。小さな肩。所々血の塊のような染みの浮き出た、棒切れのような腕。
…この子、私に蟲を飲ませた時よりも、尋常じゃない早さで枯れていっている。
何が起きればこんな事になるのだろうか。何かの病気だろうか。
だがそれよりも、今私はこいつに話したい事がいくつかあった。
「あなた、私の事、憎んでる…?」
「……。」
ゴミ子は、うつむいたまま答えない。
「私が、あんな事言ったから…?」
「……。」
去年の、高1の一学期。
こいつは、友達らしいクラスメートが一人もいなかった。
クラスの他の女子は中学の頃の同級生とか、そこそこ知っているクラスメートとつるんでいる中で、
こいつは一人だった。
理由は知る由もないけれど、私達の高校にはこの子の中学の同級生は一人も入学しなかったらしい。
既にグループができている女子たちの中に入れなかったこの子はある時期から、
教室で席が隣だった私と、ちょくちょく話をするようになった。
私は、あの時どんな話をしたのか既に覚えていないけれど。
本人は嬉しかったのかもしれない。やっと友達ができたと思ったのかもしれない。
でも私は、呼んでしまった。
その時私は、イライラしていたのだろうか。不機嫌だったのだろうか。
引っ込み思案というか、少し暗くて、おどおどした感じのこの子を。
稚拙に幼稚に蔑んだ、安直な名前で。
気持ち悪くて、変な奴、という気持ちで
「ゴミ子…」
と。
「…なに…?」
誰が言い出したあだ名かなんて、忘れていた。
クラスの女子も、男子も、皆そう呼ぶから忘れていた。
あたり前のように思っていた。
「…ごめんね」
私だったのか。
「…!!?…あやまら…ないで…っ!!」
この子がクラスの中で、私達の学年で、のけ者にされ始めた原因は、私だったのか。
「あや…っ…ゲホッ…!あやまら、ないで…!…“ゴミ”で、いいから…!」
高1から高2へ、クラスのメンバーが多少変わっても、ずっと。
その原因たる私への仕返しが、不可思議な蟲だったのか。このブクブクに膨らんだ体だったのか。
「殴って、いいから…!嘲笑っていい、から!…やめ…、ェホ…っ…ケホ…!やめて…!」
憎い相手から謝られるのは、嫌だろうか。
「なん、で…こわれないの…?なん…ぇ…あやまる、の?」
細い肩を強張らせながら、ゴミ子が掠れて消え入りそうな声を強める。
この子に飲まされた蟲のせいで、私は一学期の間に激太りした。
その勢いは凄まじく、元は40キロ台だった体重も今は130キロに迫らんとするほどだ。
クラスの皆から、だんだん笑われるようになっていく毎日。蔑まれる毎日。
じわじわと周りに避けられるようになっていく日々。痛いほど、わかる。
「ねえ…」
「あやまんないでよぉ…」
ゴミ子の目から涙がこぼれ落ちる。
「…あなたが…憎く、無く、なったら…。わたし…どうすれ、ば…いいの…。
わたし、あなたに…、復讐しよ…うって…。しかえし…。ニンゲンまで…捨てて…」
「…え?」
人間を捨てる?
「蟲に、体を喰わせて、まで…」
ゴミ子は涙で一杯の目で私を見つめた。
「あなたの…友達を、みんな、あなたから…引きはがす、ために…毒虫まで、つかって…。
厄蟲も害虫も…取り込んで…死ぬくらい、痛かった。おかしくなるくらい、痛かった。
なのに…なのに…」
ゴミ子の目が充血していく。二つの紅い瞳から、どす黒い染みが広がっていく。
りーん、という耳鳴りがした。
「ナンデあやまるの?ドウシテこわれないの?ソンナ体になったクセに?なんで…」
ゴミ子はそのまま、充血しきった目から涙を流し続けた。
***
自分の部屋で、ベッドに腰掛けながら菓子パンを頬張る。
私がこんな体になったのは、結局自分のせいだったのか。
お腹に触れると、ぶよんとした肉の触感が手のひらに伝わってくる。
今まで恨んでいた相手を、今はちっとも責める気になれない。
口の中に甘い味が広がる。今、あの子は何をしているだろうか。
昼間、ファミレスで別れた時は、いつまでも泣き続けそうな雰囲気だった。
今私がこうして食べ物を貪っている時も、あの子は泣き続け、痛みに苦しんでいるのだろうか。
今日も、買ってきた食べ物を食べ終えた。
全部でどのくらいのカロリーになるかなんて、もうわからない。
そのまま後ろに倒れ込み、横になる。ベッドがギシギシと音を立てた。
まだだ。まだ私は、あの子と話をしなければならない。
まだ、何も解決していないのだ。
***