塵屑蟲
17、
***
「(おい、あれ…)」
「(え…?あのデブがどうしたんだよ?)」
「(わかんねぇの…!?ホラ、中学の時の、一番前の席の…)」
「(え!?ウソっ…!?ぅわ…やっべぇ…)」
「(ねぇ、お母さん、あの人…)」
「(じろじろ見たら ダメよ。)」
「(うわー。マジ見てあれ。ヤバくない…?)」
「(ヤバいよねー。あーなりたくは無いね…。)」
道を歩けば、誰もがふり向く。それは、美女や美男子の話では無かったのか。
さっきから、道をすれ違う人たちの視線と、ヒソヒソ声が私に突き刺さる。
…消えてしまいたい。今すぐ、消えてしまいたい。
この巨大な体を、どこか見えない所に隠してしまいたい。
もう1時間ほど歩いたか。丘の上の公園は、まだまだずっと遠い。
「ふぅー…ぶふぅー…。げほっ……うぅ…。」
暑い。喉の奥が痛い。苦しい。
喉が渇いた。水も飲まずに、あれだけ汗をかけば当然か。
「はぁ、はぁ…水…」
すぐそこに、小さな公園がある。そこの水飲み場で、水を飲もう。
「ぜぇ…ぜぇ…」
公園に入って辺りを見回すと、水飲み場があった。何処の公園にもある、普通の水飲み場だ。
最近整備でもされたのか、すごくキレイな水飲み場だった。
「う……」
息も絶え絶えに蛇口をひねり、水を出す。
「ぐ…ごくっ……ごく…っ…ごぼ…っ…」
私は一心に蛇口から出る水を貪った。冷たい水が喉を潤す感覚が、とても気持ちいい。
「…ごくっ……ごく…」
丘の上の公園まで、後どれくらいで着くだろうか。
今、丘に着くまでの道のりを、三分の一ほど歩いたから…
「…ごく…ごく……」
だいたい、丘に着くのが午後の2時か、3時くらいだろうか。そこから丘を登って…
「ごく…」
本当に、日が暮れるまでに着くだろうか。日暮れまでに辿り着かないと、ゴミ子が…
「ごくごく……ごく……。…?ぶ…?……!?…ぶぁっ…!?」
考え事をしながら水を飲み続けていた私は、体の異変に気づいて蛇口の水から口を放した。
「ぐぇ…っ…ぷ…。…う…ぅ…!」
急に姿勢を変えた拍子に、私のお腹が“どっぷん”と揺れた。
「な…?な…!?」
そう。私のお腹。この、運動会の大玉転がしの玉みたいに膨らんだ、水風船のような私のお腹。
一体どれだけ水を飲んだのだろうか。いや、どれだけ水が入るのだろうか。
めいっぱい水で膨らんだ私のお腹で、ジャージの上着はすっかりめくれ上がっていた。
「そ、そんな…」
普通の人間は、こんなに水を飲んだりしない。普通の人間は、こんなに水で膨らんだりしない。
足元どころか、斜め下の地面も見えない程膨らんだお腹。
どうして、何でこんな事に。
重い。水が一杯に入ってるだけあって、すごく重い。立っているのもやっとだ。
「う…ぐ…」
足に力を込めて、一歩踏み出すと“どすん”という足音と共にお腹がたぷんたぷんと波打った。
「あ…う…」
どうしよう。こんな状態で、丘の上の公園まで行けるのだろうか。
周囲にいる人の視線が私に刺さる。
もし、視線に実体があったら、私は正に水風船のように割れてしまった事だろう。
「…ど、どうし…よ…。」
どうしようもない。行くしかない。歩くしかない。
もし、この勝負に負けたら、ゴミ子は死んでしまう。それは、きっと、だれかのせいで――
「う…っ…!く…!」
重い体を、一歩ずつ前へ。前へ。とにかく、丘の上の公園まで。
***
「はぁ…はぁ…」
家を出てから、もう3時間は歩いただろうか。大体、時間としてはお昼頃。
公園のある丘まで、もう半分。
「…う…ぅ…」
相変わらず、通り過がる人々の視線が痛い。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
そりゃあ、まるで牛のように太った女子高生が、汗だくで喘ぎながら走……歩いて、
いれば驚くだろうが。
「ふー…」
少し立ち止まって小休止。家を出てから何度目だろうか。数えていない。
と、顔を上げた私の視界に、一軒のファストフード店が入った。有名な、全国チェーンの店だ。
…そういえば、今日はお昼を食べていない。ジャージのポケットを漁る。
しわくちゃになった、湿った千円札が二枚。入れっぱなしになっていた。
「……。」
いや、何か食べている場合ではない。早く行かないと、日が暮れてしまう。
食べている場合では、無いはずなのに。
***
「む…もぐ…。がっ……」
食べていた。私は、ファストフード店で、ハンバーガーを食べていた。
一つ100円や200円のハンバーガー。二千円あれば、10個くらい買えた。
「む…。(ごくん…)」
そして、全部平らげていた。店員が、驚異の目で私を見ている。
「…なに、やってんだろ…。」
本当に。何をやっているのか。
出かける時の意気込みは、何だったのか。私には誰かの命がかかってるんじゃ無かったのか。
それを、何でこんな所でお昼ご飯を食べているんだろうか…。
***