アメリカ留学
#読者参加型
6
翌朝
私達は近くの市営プールにやってきた。
手っ取り早く痩せる方法として水泳をしようと思ったのだ。
ロジャーさんも私の申し出を快諾してくれた。
9月だがロサンゼルスはまだ暑い。早朝でも汗が噴き出る陽気だ。
私達はゆらゆらとかげろうが上がっているコンクリート打ちのプールサイドに立っていた。
「あ、あの、少し派手じゃありませんかね…」
私はお尻に食い込んだビキニパンツの紐の位置を整えながら言った。
ショッキングピンクの、10m先からでも目立つような色のビキニだ。
しかも布地が両乳首と秘所をわずかに隠す面積しかない。
「家にあった水着で女子用がそれだけだったんだよ。母が20年前に着ていたやつ。
ちょっと派手だけど我慢してな」
ポリポリとロジャーさんが頬を掻く。今日の彼はTシャツに半ズボンという服装だ。
「わ、分かりました…」
他のお客さんの視線が気になって仕方がない。
パラソルの下で日光浴をしていたご老人が私の方を見てなごやかに笑っていた。
ビーチボールで遊んでいた子供が目を丸くしてこっちを見ていた。
私は羞恥心を押し殺し、飛び込み台の階段にむちむちとした片足をかけた。
よろけないように慎重に登っていく。
飛び込み板に立つと、ギシリと湿った音がして、板が大きくたわんだ。
「それじゃ、さっそく泳いでみようか。」
飛び込み台のそばに立ったロジャーさんが言った。
「えいっ!」
飛び込み板を思い切り蹴った。
…が、飛び込み板の反発が不十分だったのか、はたまた私の体重が重すぎたのか、
私の体は空中に飛び上がらなかった。
足の跳躍を吸収して飛び込み板が上下に振動するだけだった。
「わっ…わっ!?」
不安定な足場に振り落とされまいと両手を左右に伸ばし、何とかバランスを取ろうとした。
しかし、大きな胸や腰、お尻の脂肪がふるふると震え、好き勝手な方向にいこうと重心を引っ張る。
「ひゃあ!?」
ぐらりと傾いたかと思うと、叩きつけられるような激しい衝撃をお腹に感じた。
次の瞬間、冷たい水の間隔を覚え、私は水中にいた。
すぐにぶくぶくと水を掻き、上昇する。
「ぷはぁ!?」
水面に顔を出すと、プールサイドのロジャーさんがびしょ濡れになっていた。
笑い顔と困り顔を足して2で割ったような表情をしている。
「ハハハ…、なかなかダイナミックな飛び込みだったよ」
どうやら飛び込んだ時の水しぶきが彼に降りかかってしまったらしい。
そう言うと彼は水面に漂っていたピンク色の布地をすくい上げた。
「あと…これ、はずれてたよ」
「あっ…」
私が着ていたビキニのブラジャーだ。
私はぷかぷかとブイのように浮いていた胸を片腕で抱え、ロジャーさんからそれを受け取った。
たぶん、顔が真っ赤になっていたと思う。
プールから上がり、更衣室で水着の紐を結びなおした後(ロジャーさんは気を使って
ずっと向こうを向いていてくれた)再びプールに入った。
「よし、それじゃまずは水中歩行から始めよう。」
ロジャーさんの掛け声に合わせて、私は一歩一歩、歩き出した。
1・2…1・2…
腰の周りにたっぷりとついた贅肉が浮き輪のように私の体を浮かそうとして、
プールの底に足をつくことが難しい。
私はハァハァと息を切らせ、水の重たい抵抗に表面積の大きな体で抗いながら、
ゆっくりと進んでいった。
日本にいた時はそれなりに運動もできた。
だけど、半年の間に急激に太ったことで運動能力が著しく低下しているのだろう。
ぷよぷよとついた贅肉が動きの邪魔をする。
絶対に痩せてやるんだから
そう堅く誓って、時折波に足を取らせそうになりながらも、何とか対岸まで歩き終えた。
「ふぅ…ふぅ…」
プールの壁面に体を預けて深呼吸する。
私を覗き込むようにして、ロジャーさんの大きな影が逆光の中に見えた。
「よし、これで50mは歩いたね。取りあえず、今日は1km歩くことを目標にしよう。」
私はぶくぶくと口を水の中につけた。
体力が持つだろうか…
「ぷひー、疲れたぁ…」
すっかり日も傾いた住宅街を私とロジャーさんは歩いていた。
「榊さん、良く頑張ったよ。」
ロジャーさんがぽむぽむと私の肩を叩く。
「痛た!もう少し優しく触ってくださいよ。日焼けしてヒリヒリするんですから」
口をすぼめて、叩かれた箇所をさする。
1kmを泳ぎ終えるために、一日中プールにいたため、
布地で隠されていたところ以外こんがりと小麦色に日焼けしてしまったのだ。
裸になると両乳首と股の下だけ肌色でなんとも恥ずかしい。
絶対に日本の両親には見せられない姿だ。
ブラウン家に着くとブラウン夫妻が夕食を用意してくれていた。
大きなミートパイ…厚切りのバターブレッド…山盛りのスパゲティー…
テーブルにはぎっしりとおいしそうな料理が並べられていた。
運動してお腹がすいていたせいで、よだれが出てきてしまう。
ロジャーさんは夫妻と二言三言会話した後、
「それじゃ、夕食にしようか。」
と、言った。
私達はそれぞれの椅子に座り、フォークとナイフを手に取った。
しかし…私の目の前に並べられた料理は下げられ、
代わりにちょこんとレタスサラダが盛りつけられた皿がことりと置かれた。
「I’m sorry to give you this poor dinner…」
配膳してくれたブラウン夫人が申し訳なさそうに言った。
「え?え?」
戸惑う私にロジャーさんが優しい口調で言った。
「申し訳ないけど、榊さんはダイエット中ってことで
僕の両親にも協力してもらうことになったんだ。
今日から食事は野菜が中心だ。」
手から力が抜けて、持っていたナイフとフォークが床に落ちた。