アメリカ留学

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7

 

それから…
アメリカでの飽食生活に慣れ切っていた心を入れ替えて、
私は痩せるためにダイエットを必死で頑張った。
なぜなら、ロジャーさんとプールから帰ってきたあの日、
ごちそうを見て無意識によだれを垂らしてしまった一件で、いつのまにか体だけでなく、
心もあさましい食いしん坊のデブに堕落していたことを気付いてしまったからだ。
その後、私は自分の醜さに対する羞恥のあまり、自室のベッドに突っ伏した。

 

そして、夜が明けるまで泣いた後、日本を出発する前夜、大沼君とかわした約束を思い出したのだ。
「大沼君のことを忘れない」
そうだ。私は日本に帰ってから大沼君に好きになってもらうんだ。
そのためには、この弛みきった体を絞り、元の体になって日本に帰ろう。

 

堅い決意を胸に秘め、地獄の日々を耐え抜いていった。
食事は野菜しか食べず、毎日ランニング10km、水泳1km、腹筋500回を自分に課した。
時には栄養不足で倒れることもあった。
全て投げ出して、日本に帰りたいと思うことも何回もあった。

 

しかし、そんな生活でも耐え抜くことがが出来たのは、
日本を出発する時に大沼君とかわした約束のおかげだった。

 

 

 

 

そして3ヶ月後…
私の体重は65kgまで減っていた。

 

ぷよぷよとせりだしていたお腹は引っ込み、
はいていたズボンに両腕が十分入るほどの隙間が出来た。
加えて、毎日かかさなかった運動により筋肉がついたおかげで、
少なくなった贅肉もたるみはせずに、張りを保って体にほどよくついている。
シルエットはまだまだぽっちゃりだが、全体的にすっきりとしていて
ちょっと太目のスポーツマンといったところだ。
ランニングの時も明らかに体が軽く感じるようになった。

 

ただ、私の精神力は限界に近くなっていた。

 

 

 

12月24日。今日はクリスマスである。
ブラウン家では、ブラウン夫妻とロジャーさん、そして私の4人で食卓を囲んでいた。
テーブルには白いクロスがかけられ、七面鳥の丸焼きとクリームたっぷりのラウンドケーキ、
サラダが並べられている。
クリスマスを祝う特別豪華な夕食なのだ。

 

「「「Toast!」」」
シャンパンが入ったグラスがぶつかる。

 

「いやー、おめでたいなあ!」
シャンパンを一気に飲み干し、顔を赤くしたブラウン氏が陽気に言った。
アメリカに来て、早や9カ月、日常会話なら理解できるほど英語も分かるようになった。
「ほら、遠慮せずに食べなさい。」
ブラウン氏は私にチキンを取り分けてくれた。
「あなた、サカキさんはダイエット中なのよ。」
横でブラウン夫人がたしなめた。
「おお、そうか。すまんすまん。」
氏はぺしゃりと自らの禿頭を叩いた。
「しかし、Ms.サカキ、大丈夫かい?顔色がすぐれないようだが?」
「いえ、本当に大丈夫です。ただ、お腹がすいていないだけなんです。」
私はにっこりと笑った。
サラダのボウルからレタスを自分の皿に装い、そそくさと食べる。

 

ロジャーさんは黙ったままだ。

 

「ごちそうさま。おじさん、おばさん、ロジャーさん。おやすみなさい。」
テーブルの上の料理を見ないようにしながら自室へ上がる階段を登った。

 

ばたん、と自室のドアを閉めた。

 

「う〜、お腹空いたよぅ〜」
ベッドにごろんと横になり、お腹を押さえる。
「はぁぁ〜、あのチキン、おいしそうだったなぁ…」
ブラウン氏から手渡されたチキンの匂いを思い出し、私は顔をほころばせた。

 

「だめだめ!日本に帰るまで後3カ月。痩せたままで大沼君に会うんだから!」
雑念を追い払うために頭を左右に振り、ポケットからMP3プレイヤーを取り出した。
「気分を紛らわせるために音楽でも聞こう。」

 

 

 

グゥ〜
地の底から響くような低い音がして私は目を開けた。
すでに日は落ちて、部屋の中は真っ暗だ。
どうやら音楽を聞きながら眠ってしまっていたようだ。

 

グゥ〜
また音が鳴った。
どうやら私のお腹が鳴っているらしい。
そう認識すると突然猛烈な空腹感が襲ってきた。
「お、お腹…空いた…」
毛布を被り再び眠りに入ろうとするが、空腹がお腹をちくちくと刺激する。
夕食で出たケーキの映像が頭にこびりついて離れない。

 

しばらくベッドの中で目をつむった後、私はたまりかねずに体を起こした。
「少しだけならいいよね?」

 

静かに部屋の扉を開け、階下に繋がる階段をゆっくりと降りる。
ブラウンさん達はすでに寝たようだ。1階には明かりはついていなかった。
私は彼らに気付かれないように電気をつけずにキッチンに入った。
手探りで冷蔵庫の扉を探す。
「大丈夫、大丈夫。これまで頑張ったんだから、少しくらいごほうびがあってもいいよね。」
呪文のように自分に言い聞かせながら、大きな扉を開けた。

 

冷蔵庫の人工的な黄色の光が影をつくる。
「ケーキ、ケーキ…っと」
ケーキは奥の方にしまってあった。
ブラウンさん達が少し食べたのか、包丁で扇形に切り取られていたが、
まだ両手で抱えて余るほどの大きさだ。
私はそれを取り出して、サイドテーブルに乗せた。
「一口だけ、そう…一口だけなら大丈夫よね」
人差し指で表面に塗られた生クリームをたっぷりと掬って、嘗める。

 

舌先から頭まで砂糖の甘みが駆けあがり、脳に響く。
「…おいしい」
この甘さを3カ月間も我慢していた自分が馬鹿らしく思えた。

 

残されたケーキに目が行く。
「一切れだけなら大丈夫よね」
冷蔵庫の漏れ出た明かりを頼りに包丁とお皿を探し出し、
扇形のケーキから小さなショートケーキを切り取ってお皿に装った。
近くの食器棚からフォークを見つけ、ショートケーキに突きさした。

 

じゅるりとよだれが顎を伝う。
「いただきます」
ぱくりと一口食べた瞬間、じんわりと甘みが体中に染みわたった。
「〜〜〜」
飢餓に陥っていた体が久しぶりの糖分を摂取し、喜びに震えている。
あまりのおいしさにほろりと涙が頬を流れ落ちる。

 

二口で切り取ったケーキを食べ終わると、サイドテーブルの上に乗っていた残りのケーキを
手でつかんだ。
ほとんど無意識の動作だった。
口を最大限まで開き、ケーキを突っ込んだ。
口から溢れ出たクリームが鼻に付き、服に零れ落ちる。
しかし、私は一向に気にしない。気にしている時間さえもったいないと思えた。
ただ全ての意識が目の前にあるごちそうを消化することに集中している。

 

「おいしい、おいしい、おいしいよぅ〜」
砂糖とバターをたっぷりと含んだケーキのとろけるような甘さが、私の思考を溶かして行く。

 

何も考えられない。
この味を味わえるなら何もしたくない。
一生これを食べ続けていたい。

 

あぐあぐと最後の一塊を飲み干し、
「ゲッ〜プ」
と、トドのようなゲップをした時。

 

キッチンの明かりが、パチリ、とついた。
目を丸くしたロジャーさんが入口に立っていた。

 

「榊さん…」
「あ、ち、違います、これは…これは…」
ロジャーさんは口を閉ざしている。
「これは…その…」
「…」
「…」
重い沈黙。

 

ロジャーさんの目は真っすぐに私に注がれている。
まるで私を見下すようだ。
刺すような視線に胸を締め付けられる。
胃袋から酸味のある液体がこみ上げてくる。

 

「そ…そうよ…!」
胃液を嚥下し、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「け、軽蔑しましたよね!こんな私を…誘惑に負けて夜中にケーキをあさる私を!」
ぐるぐると頭の中で黒い感情か渦を巻いている。
「見てくださいよ!どんなに痩せてても榊綾香の本性は、これですよ!
食べ物を見ると理性を忘れる豚なんです!」
彼は黙ったままだ。
「軽蔑しましたよね…軽蔑したと言ってよぉ…」
ぽたぽたと涙が床にしたたり落ちる。

 

「軽蔑なんかしないよ…」
ボツリとロジャーさんが言った。
「え…」
「この3カ月間、榊さんは一生懸命ダイエットを頑張ってきた。
軽蔑なんかできるはずないじゃないか」
ひしり、と私の体を抱きしめる。
彼の胸はほのかな熱を持っていて…。
「でも、これ以上君が苦しむのを見たくないよ。」
「ロジャーさん。」

 

私は彼のふくよかな胸に顔をうずめて泣いた。
とめどなく涙があふれて止まらない。
自分の服が私の涙と鼻水で濡れるのも気に留めず、彼は力強い声で言った。

 

「榊さん。前々から、いや始めて会った時から言おうと思っていた。
僕は君の事が好きだ。ガールフレンドになってくれないか。」

 

冷蔵庫から漏れ出るわずかな光でも分かるほど、その顔は赤くなっていて。
私はただその顔をぼーっと見ていることしかできなかった。
「どう…かな?」
浮かんできたのは大沼君の笑顔。
「あの、その、私には日本に恋人がいて…」
言葉が上手く出てこない。
下を向いた私をの肩を、がっしりと大きな手がつかむ。
「僕は地球上の誰よりも榊さんを愛している。僕と付き合ってくれないか?」

 

困惑と喜びと緊張と。
3つの感情がぶつかり合う思考の中で。
私はどうしたらいいんだろうか…

 

 

 

 

 

A 告白を受け入れる(ヒロインベターエンドルート)
B 告白を断る(ヒロインバッドエンドルート)

 

 

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