651氏その1

651氏その1

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翌朝。
俺はアニスの叫び声で目を覚ました。

 

「なんじゃこりゃ!?」
「朝っぱらから五月蠅いな。どうしたんだ」
「これ…」

 

アニスがパジャマをたくしあげると、そこにはズボンの上に贅肉がのっていた。
電話帳くらいの厚さの柔らかそうなお肉が一段、ふるふると震えている。

 

「まさか、一晩で太ったのか?」
「その…ようだな。朝起きたら腹に脂肪が…」
「肝心の魔力は溜まったのか?」
「10%くらいか。あれだけ食べたのに魔界に帰るには全然足りん」
「人間界の食べ物は魔界とは違うからかな?」
「た、多分そうだろう。人間界の食材は魔族向けではないのだ。
 食べた内の何割かしか魔力に変換されぬらしい」
「そして残りは脂肪となって体につく…と」
アニスはプルプルと体を震わせてる。

 

なんというか、皮肉な運命である。
魔力を溜めるためには食う量を増やさなければならない。しかし、それは確実に太ることを意味するのだ。

 

「おい! 私はどうしたらよいのだ!?」
涙目になったアニスは俺の胸倉を締め上げはじめた。
「ぐ、ぐるじい…。げほっ、取りあえず、運動すれば痩せるんじゃないか?」
「運動?」
「近くに公営のスポーツセンターがあるからそこに行こうぜ」

 

 

途中、スポーツショップでアニス用のウエアを買い、スポーツセンターに向かった。

 

お互い更衣室で運動用のウエアに着替え、トレーニングルームで待ち合わせる。
先に着替えてしばらく待っていると、黒の速乾Tシャツとスパッツを着たアニスがはにかみながら女子更衣室から出てきた。
「に、似合うかな…?」

 

グラマラスな体型は依然として保たれている。
しかし、腹部の出っ張りはやはり目につく。
まあ、元々グラビアアイドル並みに痩せていたので「少しふっくらしたな」程度にしか感じないが。

 

「やはり、目立つか…」
昨日より幾分か丸みを帯びた腹部をさすりながら恥ずかしがっている。
体型を気に病むあたり、魔王と言っても一人の女の子だな。

 

「気にするなよ。運動すれば痩せるさ」
「そ、そうだな。まずは、あの器械で運動するぞ」
彼女が向かっていったのは背中の筋肉を鍛える器械だった。

 

金属の棒と10kgの錘がいくつか滑車で繋がっており、
金属の棒を引き下げることで筋肉に負荷を掛けることができる仕組みになっている。
金属の棒と繋がっている10kgの錘の数を調節することで負荷を変えることができるのだ(最大150kgまで)。

 

アニスはずんずんとその器械に向かっていった後、錘の数を最大にして金属の棒を握った。
「よーし、いくぞ!」
という勇ましい掛け声の後、思いっきり金属の棒を引き下げた。

 

バゴン!と凄まじい音がして錘が吹っ飛び、天井にめり込んだ。

 

「なんだ? 随分軽いな」
150kgの錘を軽々と吹き飛ばしたにも意に関せず、アニスは怪訝な顔をした。

 

その後もアニスは腹筋マシンを破壊し、ランニングマシンをショートさせ、ベンチプレスを300kg挙げた。

 

「いやー、いい汗かいた!」
ハート柄のタオルで額の汗を拭う後ろでは器械が大惨事になっており。
それを見て「やはりこいつは魔王だな」と再び実感した。

 

「お前、少しは加減しろよ」
「人間界の器具がやわすぎるのが問題なのだ」
しれっと答える魔王様。
「それより運動したら腹が減った。何か脂っこいものが食べたい」
こいつ痩せる気はあるのだろうか。
「まあ、もう12時だし。昼にするか」
「今日はどこに連れて行ってくれるのだ?」
「安くて済むとこな」
俺は財布を開き、千円札が何枚残っているか確認した。

 

 

財布の中身と相談した結果、俺は安さを売りにしているハンバーガーチェーン店で昼飯を摂ることにした。
俺はハンバーガーとポテトMサイズ、それにコーヒー。
アニスはデラックスセット(チーズバーガー2コとポテトLLサイズ、コーラL)を注文した。

 

「あぐっ…はぐっ…この「はんばぁがー」という料理も上手いな」
アニスはチーズバーガー1個をあっという間に食べ終え、箸休めにポテトを十数本飲み込んだ後、コーラを勢いよくすすった。
「脂っこいジャガイモの揚げ物を食べた後、コーラの炭酸で口内を漱ぐ…なんともいえん心地よさだ!」
「そんなに急いで食べなくてもハンバーガーは逃げないぞ」
アニスはごくごくとコーラを飲み干した後、返事替わりに盛大にゲップをかました。

 

「失礼。しかし、人間界は美味な食べ物ばかりだな」
「昨日も少し話していたけど、魔界の料理ってどんなのなんだ」
「こちらに来て分かったことだが人間が作る料理には及ぶべくもない。
 大抵は生の食材を焼いて適当に岩塩を振りかけただけの粗末な代物だ」
煮るとか揚げるとかいう概念がないのだろうと推測される。

 

「魔界では美食家で知られた私でもこちらの料理には感激している。
 できればずっと人間界で暮らしたいほどだ」
「もうこっちに住み着いちゃえば?」
「馬鹿者! 魔王たる私がいないと魔界の政治が回らんだろうが。
 ああ、今頃魔界はどうなっているか。内乱でも起きていなければよいが…」

 

窓ガラスから住宅街を眺め、物思いにふけるアニス。
魔族でもホームシックになるのか。

 

「なあ、気分転換に遊びにでもいかないか?」
「遊び?」
「こういう時はパーッとはしゃいで気を晴らすのが一番だ」

 

その後、俺達は街に出て買い物を楽しんだ。
男の一人暮らしで女物の服がなかったので、ブラジャーやパンツを始め、適当な服を数着購入。
繁華街でウィンドウショッピングを楽しんだ後、居酒屋で飲みまくった。

 

帰り道でべろんべろんに酔っ払ったアニスが、
たまたま入った家電量販店で最新のゲーム機とゲームソフトを買ってくれとせがんてきたので、
きっぱりと断ると首絞めをかけられた。
仕方がないのでやむを得なく購入、45000円なり。

 

途中スーパーで買い置き用のお菓子を購入し、
爆睡するアニスを引きずりながらやっとの思いで自宅に辿りついたのだった。

 

 

 

それから1週間が経過した。

 

定時で仕事が終わり、自宅に帰りつくとアニスが昨日買ったゲームをしていた。

 

チャンチャンコにスウェットの上下。
ソファにどっかりと腰掛けくつろぐ魔王。
見慣れた風景になってきた。

 

「お、帰ってきたな」
俺を見るなり彼女はゲーム機のコントローラーを放り出し。
とことこと駆け寄ってきた。

 

「腹が減ってたまらなかったところだ。戸棚にあったお菓子は全て食べてしまったし…」
「全部!? かなりの量があったんだぞ!?」
「なんだか食べても食べても食べたりなくてな。今日の晩飯は何だ?」
「お肉の特売日だったからハンバーグだ」
「やった! 私の大好物だ」

 

そう言うといそいそとソファに戻り、再びゲームをし始めた。
「少しくらい動いたらどうだ? ダイエットはどうなったんだ?」
「明日から始めるつもりだ」
「昨日も同じこと言ってなかったか?」

 

呆れつつもフライパンに肉を投入し、手早く焼いた。
肉汁が弾け飛び香ばしい匂いが室内に漂う。
きつね色に焦げ目がついたら皿に盛りつけ、レタスとトマトを装う。

 

付け合わせは卵サラダ。
肉食に偏りがちなアニスに少しでも野菜をとってもらうつもりだ。

 

 

「「いただきまーす」」
仲良く席につき手を合わせる。
「うん、やっぱり貴様がつくった料理が一番美味しいな」
ハンバーグを口いっぱいに頬張っているアニスの顔を見て、俺は違和感を覚えてしまった。
「また…太ってないか?」

 

きりりと引き締まっていた頬から顎にかけてのラインは丸みを帯びていて。
体の線が一回り…いや、二回りは大きくなったような気がする。

 

「少し脱いでみろ」
「い、いきなりなんだ!? 食事中だというのに無礼なやつだな」
といいつつも渋々スウェットを脱ぐアニス。

 

案の定、その下にはさらに育った贅肉が鎮座していた。

 

前見た時よりも腹肉はでっぷりと突き出していて。
二の腕にもぷよぷよとした肉がついている。
太ももは血色が良く、むちむちと色気を放っており。
自慢のバストは脂肪により肥大していたが、付いた脂肪が多すぎたのか、垂れ気味である。

 

もはや、ぽっちゃりがいいところの体型になってしまっていた。
増えた贅肉の量がアニスがろくにダイエットをしていなかったことを俺にアピールしている。
「お前、この1週間何してた?」
「ゲームしてお菓子食べて…あ、なんだその目は。 運動もしたぞ、近所の『こんびに』に買い物に行った」
渾身のドヤ顔。
そこって家から100mも離れてないじゃないか。
「これからスポーツセンターで運動だな」
「え〜、まだゲームをクリアしてないぞ」
問答無用でアニスを引っ張って行った。

 

 

1時間後、俺達はスポーツセンター内にある温水プールのプールサイドに立っていた。
「今日はトレーニングルームは使わないのか?」
「この前、器械を壊していただろ? 当分使えないよ。それにダイエットには有酸素運動の方が効果的なんだ」
名付けて「プールで泳いで痩せよう作戦」である。

 

「それにしても…」
「こっちをじろじろ見るな!」

 

アニスは紺色のスクール水着を着ている。
肌にぴっちりとフィットしているせいで今の体型がはっきりと分かる。
妊婦のような太鼓腹。大根足。
贅肉に水着が食い込みこれはこれでセクシー…かもしれない、多分。

 

「さ〜て、泳ぐとするかな」
アニスが歩くと、それに同調するように桃尻がぷりぷりと揺れた。
「泳げるのか?」
「馬鹿者! 私は魔界の水泳コンテストで1位になったこともあるのだぞ」
と、いつものように罵倒した後、クロールを始めたアニス。

 

しかし、25mプールを1往復してこちらに戻ってきた時には息が切れていた。
「ぶはぁー…、っごほっ…。ぜぇー…ぜぇー…」
「どうした?」
「し、心臓が痛い…」
咳き込みながらのそのそとプールサイドに上がり、
「以前の私ならこのくらいの運動なんともなかったのに…体が重い」
と、ごろりと仰向けに寝る。
「少し休むぞ…」
その姿は俺に流氷の上で休むゴマアザラシを彷彿とさせた。

 

その後もアニスは「きつい」とか「疲れた」とか文句を言いつつも、何とか1000mを泳ぎ切った。
しかし、「自分へのご褒美」と言って暴飲暴食し、盛大にリバウンドしてしまったのは後の話。

 

 

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