651氏その1

651氏その1

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「赤字なんだけど」
「んぁ? 何がだ?」
アニスはごろりと寝返りを打ち、こちらに顔を向けた。
頬張っていたポテトチップスの欠片がまばらに口元についている。

 

その姿に若干の脱力感を覚えながら、俺は再び口を開いた。
「家計が火の車なんだよ」
「なぜだ?」
「…お前の食費のせい」

 

アニスが来てから我が家のエンゲル係数はアベノミクス後の株価のように急上昇していた。
ただえさえ二人分の食料を購入しなくてはならないのに、アニスがお菓子類をねだる。

 

その対応に面倒くさくなった俺は、毎月「お菓子代」と称して一定の金額をアニスに渡していたことで対処していた。が、この頃はATMを利用することを覚え、どうやってパスワードを知ったのか不明だが俺の口座からお金を引き落とし大量に購入する。
その金額は徐々に増えていき、家計を圧迫するほどまで大きくなっていた。

 

「お前を召喚した責任もあるし、朝昼夕3食は俺が面倒見てやる。しかし、お前のお菓子代まで賄えない」
「私を養えることを光栄に思えばいいものを。ぶふぅ」

 

窘められている最中にも関わらず、アニスは鈍重に服の下からはみ出した腹肉をぼりぼりと掻いた。
俺が働いている間にも彼女の贅肉はせっせと蓄えられていたようだ。

 

輪郭を残しているものの、顔は大分ふくよかになった。
立派な三段腹は動くたびにプルンプルンと震えるほどに成長し。
尻肉は座ると左右に広がるほどに肥大していて。

 

ここ数日間動くことがしんどくなったのか、ソファから立ち上がることはほとんどない。

 

数週間前まではダイエットをする意志は少なくともあったようだが、最近は痩せようとする気力が湧かないようだ。衣食住が確保された快適な生活はアニスの心身を侵食し、だらしないものに変えていた。

 

「あのなぁ。お前が平日の昼にぬくぬくとゲームできるのは誰のおかげだと思っているんだ?
 俺が毎日得意先や上司に頭下げて安月給で頑張っているからだぞ」
「それについては感謝している。その調子で私が魔力を溜めるために頑張ってくれ」
「その前に俺が破産しちまうよ」
「王である私を養うのが臣下である貴様の務めだろう」
「椅子にふんぞり返っている王様には分からないだろうがな、金を稼ぐのは大変なんだぞ」
「能力が足りないゆえわずかな給金を得るのに苦労するとは大変だな」

 

その一言に俺の頭がカッと熱くなった。
「そこまで言うならお前が働いて食い扶持分を稼いで来いよ!」
「何を…」
「毎日動かないでブクブク太って…その内、本物の豚になるんじゃないか?
 怠惰なお前にはお似合いだろうけど」
「い、言うに事欠いて豚だと!」

 

立ち上がりかけたアニスだったが、重心を崩して壁に手をついた。
ソファの上から全く動いていなかったせいで筋力が極端に落ちているのだ。

 

アニスの額を汗が一筋流れ落ちた。
樽のような体型に成り果てた肉体と手に持っていたポテトチップスの袋を交互に見る。

 

先日まではそれほど窮屈とは感じなかったシャツはいつのまにかパツパツに張りつめていて。
スカートは今にも裂けそうで、下腹はぶよっとせり出していた。

 

アニスはでっぷりと肥えた腹肉をさすると現状を認識したようだ。
目を泳がせ、頬を掻く。

 

「えーっ…と」
菓子袋を丸めてゴミ箱に捨てた。
「い、いいだろう。運動がてらにちょうどいい。金を稼いできてやろうではないか」
少し足元がふらついていたが、アニスは体重が乗った足音をドスドスと響かせて家から出ていった。

 

 

 

「出てきたはいいが…」
具体的に金を稼ぐ算段があるわけではなく。
ふらふらと町の中心部まで来たアニスは、勢いに任せて家を飛び出してしまったことを後悔しはじめていた。

 

魔法を使って一稼ぎするのが一番手っ取り早いのだが、魔力に余裕があるわけではない。
数か月かけてやっと半分溜まっただけだ。
魔界に帰るためには、貴重な魔力は節約しておきたい。

 

となれば、工事現場等の肉体労働で稼ぐことが好ましい。
しかし…と、アニスは肩を落とした。

 

冷静に考えてみると、今の自分の体では肉体労働もできるかどうか怪しい。
何せ、階段を上がるだけでも息が切れるほどなのだ。

 

運動不足に加え、体重の急激な増加で運動能力は著しく衰えている。
激しい運動を伴う労働はスタミナが持たないだろう。

 

魔力も優れた身体能力もない今の自分に果たして何ができるのか。

 

途方に暮れて座り込んでいると、アニスに声をかける人物がいた。
「エクスキューズ ミー? すみません、そこの…外人さ〜ん?」
「何だ?」
顔を上げると、メイド服を着たふくよかな女性が覗き込んでいた。

 

アニスと同じくらい胸と尻が大きいが、不思議と暑苦しい印象はない。
むしろ、ころころと良く肥えた子犬のようだ。
黒縁の眼鏡の奥から大きなたれ目が覗いている。

 

「お姉さん、お仕事を探しているんですか?」
「そうだが…なぜ分かった?」
「ハローワークの前で座り込んでいたものですから」
女性はアニスの後ろの建物を指差した。どうやら仕事の斡旋所らしい。

 

「私、サクラと言います。もし良ければウチの店で働きませんか? お給料良いですよ?」
「でも、私でもできる仕事なのか?」
「あなたが適任だと思ったから声をかけたんですよ」
「わ、私が適任だと!?」

 

魔王である自分に適任である、と言えば…
「は〜い。お客さんからちやほやされる仕事です」
「何と!?」
気がつくとアニスは立ち上がっていた。

 

 

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