令嬢・九条麗奈の献身 第五章・下
第五章下:2度目の告白 (2)
「俺、麗奈さんはてっきりマゾッ気があるのかと思ってたんだけど……」
彼のその言葉に、私は全身が雷で打たれたような衝撃が走りました。鏡の前で肉塊へと変わりゆく妄想をした時に感じた心の昂り(たかぶり)――自分の歪んだ潜在的欲求に初めて気付いてしまったあの日以来、私は悶々とした日々を過ごしてきました。しかし、それは決して開けてはならないパンドラの箱。一度開いたら最後、私の人生は180度変わってしまう気がして、出来る限りその箱に触れないよう心がけて参りました。だから屋上で彼に「100キロ以上太るのか」と聞かれた時も、私はその質問を拒絶するばかりでした。ですが今、あろうことか彼はそのパンドラの箱に手を触れてしまったのです――
「わ、私がマゾですって……? う、嘘そんな……そんな変態な訳……」
秘めたる欲求の正体に気付いてしまい茫然とする私は、愚かにも彼に心の隙を見せてしまいました。当然、彼がそれに気付かないはずもありません。
「……麗奈さん? もしかして、心当たりでもあるのかな? そんなに怖がらなくても大丈夫。もう俺は君の彼氏なんだからさ、何でも話してくれていいんだよ……」
私の恋人はとても優しい口調で気遣いの言葉をかけて下さいました。話して本当に大丈夫なのかと、私の理性は警告しました。ですが彼の優しさは不安に怯える私の心の隙間に染み入り、気がつけば私は自分の秘密を――あの日起こった全てを彼に打ち明けてしまったのです。それは悪魔が心の弱みに付け入るための表面的な優しさとは知らずに……
「あぁ望田さま……。実は私、以前こんなことがあったのです……」
私の口からは次から次へと言葉が溢れ出てきました。肉塊になる自分を想像してしまった事、最初はそれに怯え抵抗した事、でも最後に一瞬それが興奮に変わってしまった事――そして今、私はそんな自分が怖くて仕方がないと、正直に全てを告白したのです。
話終わると彼は、ギュッと私の身体を抱きしめ再び優しい口調で語りかけました。
「……大丈夫だよ、麗奈さん。怖がらなくても大丈夫。俺、麗奈さんが正直に話してくれて凄く嬉しいんだ。俺も自分がデブ専だって告白するの、すごく怖かった。でも君は俺の言葉を受け止めて、更には俺の為に太ってくれた。今度は俺が君の告白を受け止める番だよ。大丈夫、俺は君の味方だから。」
「あぁ望田さん、本当にありがとうございます……」
彼の温かさに身も心も包まれ、私の心は一気に軽くなったような気が致しました。でもそれこそ、悪魔の狙いだったのです――
「ねぇ麗奈さん……君も、自分の心に正直にならないか?」
「え? 望田さん、何を仰って――」
「君はやっぱり生まれながらマゾの素質があるんだ。性癖は変えられるものじゃない、俺のデブ専みたいに……。だからそれを認めなきゃいけないんじゃないかな。俺はむしろ君がマゾだって分かって本当に嬉しいし、君がたとえ変態でも喜んで受け入れるよ。」
「望田さん……? ち、違うのです! 私はただ、私の秘密を共有して欲しかっただけで、出来ることならマゾなどとは認めたくはないのです。私が変態だなんて、そんな……」
「どうして? どうして自分の本当の欲求を否定するの? ……正直になろう、ね?」
彼はまた優しい口調で私に語りかけます。でもその言葉に従ってしまっては、私は本当に元の私に戻れなくなってしまう……。
「い、嫌です……。あ、あの日の事はきっと何かの間違いで……だから……」
「何かの間違い? 成程、じゃあ分かった。それなら今ここで試してみようよ……君が本当にマゾかどうか、ね。」
目的の袋小路まで私を追い詰めた悪魔は、とうとう優しさの仮面を外しました。望田さんの表情に、本当の悪魔のような不敵な笑みが浮かびました。
私は怖くなって、思わず彼から離れるように後ずさりします。ですがすぐさま彼に片手を掴まれてしまい、逃げられなくなりました。
「逃げようとしても無駄だよ……。だって今の君はこんなに重たい贅肉を付けた『醜いデブ』だからね。もうロクに走ることも出来ないんでしょ、『ノロマなおデブさん』?」
「も、望田さん!? 様子がおかしいですわよ……。どうして突然、私にそんな酷い事を仰るのですか?」
「いやだなぁ、俺は確かめてるんだよ。麗奈さんがマゾだったら、きっとこんな暴言も喜ぶはずでしょ。さぁ、抵抗し続けてごらん。それがマゾではないことの……証拠になるからさっ!」
そう言うと彼は、あろうことか私のお腹の肉を突然グニッと掴んだのです!
「きゃっっ……!! い、痛い……本当に止めてください!!」
「ははっ、良い悲鳴だね。そうか……麗奈さんはマゾじゃないから『ぶよぶよのお腹』を掴まれても嬉しくないのか……残念だな。揉み心地も最高なのに、ずっと遊んでいたい位だよ。凄いなぁ……これが『100キロ越えのデブ』のお腹かぁ。」
「馬鹿な真似はよしてください! 人の身体を使って、そんな遊ばないで!」
「いいよ、その調子その調子。うーん、凄い脂肪だね……こんな身体になるまで君は一体どれだけの食事を無駄に食べ続けたのかな? あぁそう言えば、最近は人の4倍の量を食べてるんだっけ? やっぱり格が違うな、食事が生きがいの『大飯食らいの食いしん坊』は。」
「それは貴方がそうさせたのでしょう? さぁ、早くその手を解いてくださいな。」
私が必死に抵抗を試みても、彼はそれを無視して淡々と私の身体をからかい続けます。そして今度は切り口を変えて――
「でもそんな『ぶくぶく太ったお嬢さま』の事、クラスの皆はどう思ってるのかな? 表面上は仲良くしてる
けど、内心では見下してるんじゃないの……がっついて食事する姿が『醜い豚みたい』って。」
「……!? そ、そんな訳ございませんわ。皆さんは優しいですし、私の身体を見ても嫌な顔1つ致しませんもの。」
「本当にそうかな? だって君は学級委員だった頃、クラスメートの本心が分からないって俺に泣きついてきたじゃないか。それでも――彼らが君の事を『醜いデブ』だと思ってないって、自信を持って言えるの?」
「それは……その……」
私が次の言葉に窮してしまうと、ここぞとばかりに彼は責め立てます。
「実はね、俺聞いちゃったんだよ……。クラスの男子の一部が君の事をやれ『成り金のデブ』だの、やれ『金髪の白豚』だのって陰で馬鹿にしてる所をさ……。」
「そんな……!? う、嘘です……単なる作り話ですわ!」
「証拠もないし別に信じなくてもいいよ。ただ元々可愛かった娘が、今はこんな醜いデブになって人目も気にせず馬鹿デカイ弁当を食べてるんだよ……普通の男子ならショックだよね。九条麗奈は『金に物を言わして暴飲暴食するデブ』だって、いやあんなデブはもう人間じゃない『家畜の豚そっくり』だって、残念がっていたよ。」
「違います……そんな訳ございません。そ、それに私は……まだそんなに太ってなど……」
「そんなに太ってないだって!? クラス一どころか『学校―のデブ女』が一体何を言ってるのかな。ちょっと制服のタグ、確認させてもらうね……」
「い、嫌です……。お、お願いですから見ないで下さい! これ以上私を苛めないで……」
私の抵抗をよそに彼は制服の襟の後ろをめくり、タグを確認します。
それはLLの次に大きいELサイズ――普通の学校では一番大きいサイズです。彼はニンマリと笑うと、皮肉めいた口調でダメ押しの一言を呟きました。
「へぇ、やっぱり『ELサイズ』か……。でもブレザーはパツパツで、ボタンも壊れそうだよ。一回り大きいサイズの制服に買い替えた方が良いんじゃ……って、ああごめん忘れてた。これより大きいサイズってもうないよね。学校も君みたいに『規格外に太ったデブ』のことなんて想定してないか、はははっ。」
「ど、どうしてそんな酷い事を仰るのですか……。もう、止めてください……貴方の為に一生懸命太ったのになんで……なんで……」
彼の辛辣な言葉は私が目を背けてきた現実や不安を全て丸裸にしていきました。私の心はもう既にボロボロでした。でも彼にとっては、これからが本番だったのです。更に望田さんは催眠術のように囁き声で、優しく私に語りかけます。
「その通りだよ。君の肥満化は俺が原因だ、本当にゴメンね……。でもだからこそ、俺は君のマゾの素質を引き出してあげたいんだよ。そうすれば周りの嘲笑さえ心地よく感じることが出来る。もう怯える必要なんてないんだ。好きなだけ食事に夢中になれるし、太っても問題ない――素晴らしいでしょ? だからこれは訓練なんだよ、罵声を快楽に変えるためのね。さぁ想像してごらん……君が罵られている所を、醜いデブとして見下される所を……」
「む、無理です……。私に変態になれだなんてそんなの……認められる訳ありませんわ。これ以上苛
められるだなんて、考えたくもありません……」
「全く我儘なお嬢さまだ。前は自分から想像したんでしょ? でももう遅いよ、クラスの皆が君を罵ってるんだ。『九条麗奈は醜いデブだ』って、『ぶよぶよの身体で恥ずかしくないの』って、『豚のくせに贅沢三昧してる』って。蔑むような目で、心の中では君の事を見下してるんだ……。」
「嫌ぁぁ……駄目です。そんなこと言わないでください……。ほ、本当に信じてしまうから……想像してしまうからぁぁ……」
耳を塞ぐ事も出来ない私は彼の言葉が嫌でも脳へと伝わり、鮮明なイメージを脳裏に思い描いてしまいます。そう、本当にクラスメートが私を罵るイメージを――
「ひっ……!? お、お願いです皆さま……そんな目で、そんな冷たい目で私を見ないで下さいませ。醜いデブの身体……もう見ないでぇ……」
「やっと、自分でも認めてくれたんだね――九条麗奈はもう、ただの醜いデブだって。」
「はいぃぃぃ!認めます、認めますから……もう苛めるのは止めて下さい……」
「そっか……。でも醜いデブの君は、これからもずっと人から見下され続けるんだよ。麗奈さんは、それに耐えられるの?」
「あぁぁ……それを言わないで下さい。こ、怖いです……考えたくもないですわ……」
私は子供のように現実から目を背けるばかりでしたが、彼は決して逃がしてはくれません。むしろ私の一番恐れていた言葉で、更に責め立てるのです。
「逃げちゃだめだよ。俺と付き合うって事は、そのデブの身体とも付き合っていく事になるんだからさ。でも君も大変だね……『九条家の娘』なのに、こんなブクブク太った身体じゃ皆に笑われちゃうね。」
「だ、駄目です……!! 家の事だけは出さないで下さいぃぃ……。こんな身体……本当は恥ずかしくて仕方ないのです……。お、お願いですから皆さまぁぁ……だらしなく太ってしまった私の事……許して下さいませ……。醜いデブになった麗奈の事……許して下さいませぇぇ……」
「ふふっ……成程、確かに謝れば許してもらえるかもね。でも謝るならもっと誠意を示さないと、皆は許してくれないよ?」
「はいぃぃぃ……すみませんでした! こんな身体になるまで暴飲暴食をしてしまってぇぇ……申し訳ございませんっ……。く、九条の名を汚して……豚のようなデブになってしまいぃぃ……本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!」
自分の醜い身体に罪悪感さえ覚えてしまった私は、自然と謝罪の言葉が口からこぼれました。誰に対してかも分からないその無意味な謝罪は、不思議と私の心を軽くしました。そして彼にも煽られながら、私の自虐と謝罪は更にエスカレートしていきます。
「ふふ、良い調子だね。涙目で一心不乱に謝ってる君の姿、とっても素敵だよ……もしかしてスイッチが入ったのかな? その調子でもっともっと謝ってみようか。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!! 食べるのが生きがいのデブですみませんっっ……ハァ……見苦しい身体を皆さまの前にお見せしてしまい申し訳ございませんっっ……ハァ……九条の娘が恥知らずのデブになってしまい……本当にごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「令嬢の娘なのに、この身体じゃただの醜い豚さんだよ……? 恥知らずの麗奈さんは悪い子だねぇ。
悪い子には罰を与えないといけないよね? もっと苛められて、もっと謝らないといけないよね?」
「はいっ!! も、望田さまの仰る通りです……私が醜いデブだからいけないのですぅぅぅ……ハァハァ……もっと、もっと罵って頂かないといけないのです! だ、だから私に罰を……ハァハァ……醜い豚にもっと罰をお与え下さいぃぃぃ♥!!」
「あぁぁ凄く良いよ、麗奈さん。もっとイメージするんだ……皆に罵られる所を、皆に見下される所を。醜い豚なんだからさぁ、苛められて当然だよね?」
「はひぃぃぃ……♥ も、申し訳ございませんっっ♥ 醜い豚の分際で、皆さまの教室に紛れこんでしまい、誠に申し訳ございません♥ もっと、もっと軽蔑してください♥ 食事の事しか考えられない家畜ですから♥ 汗臭い身体の汚い豚ですから♥ 醜い身体を皆さまに晒してしまった罰としてぇぇぇ……もっと罵って下さいませぇぇぇ♥ ストレスのはけ口として……好きなだけ苛めてくださいませぇぇぇ♥♥」
(なんでぇぇぇ……なんでこんなにみっともない言葉が口から出てしまうのでしょう……情けないですわ……浅ましいですわ……でも、でもぉぉぉ……とっても『ドキドキ』してしまいますぅぅぅ♥♥♥)
私はもう彼に言われなくとも、自ら進んで謝罪と自虐の言葉を口にしておりました。その言葉を口にする事で快感が生まれていることに、私は気付かざるをえませんでした。そう、まるであの時のように――。悪魔はニヤリと笑いました。私の中にある歪んだ性癖の蕾は開花の時を迎えようとしていたのです。
「全く麗奈さんったら、顔がにやけてるよ。苛められてる所を想像して興奮しちゃったのかな?」
「そんなこと……ないですわ♥ 私がマゾだなんて……そんな事で興奮してる訳……ありませんわ♥」
「もう、そんなに涎を垂らして蕩けた顔なんだから説得力がないよ。いいから認めようよ……『九条麗奈はドMの変態、変態のマゾ雌豚です』って。ほら、ね?」
「あぁ……♥ 私は……私はぁぁ……♥♥」
(それを言っては、それを言ってはいけませんのに……もう、駄目ですっ……言いたいの、認めたいのぉぉ……変態マゾ宣言したいのぉぉぉぉ♥♥♥!)
(で、でも私が変態だなんて……想像もできませんわ……今までの人生が壊れてしまいます……)
(私はどうしたいのです? 私は……私は……)
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(……由緒ある九条家の娘です……!!!!)
「……も、望田さま……これ以上は……これ以上は駄目ですわ!!!!」
「……え!? れ、麗奈さ――」
バッシィィィンッッ!!!! …………ドシャァァ!!
「ぐぼぁぁぁぁっっ!!!!」
最後の最後で私の理性は、自分の欲求を抑え込みました。「彼に抵抗しなければ」という私の意志は反射的に体に伝わり、あろうことか望田さんを張り倒してしまったのです! 体重の乗った私の渾身の張り手は、男性としては華奢な彼を見事に地面へと付き飛ばしました。
「望田さん、大丈夫ですか!? ほ、本当に申し訳ございませんっ!! 私ったら、なんて事を……。で、でも貴方が悪いのですよ! 私をここまで苛めるなんて、酷すぎますわ……」
「痛てて……。あれ……お、お俺は今まで何を……? ああぁぁっって、麗奈さん……!? 本当にさっきはごめん!!!!」
すると予想外にも、彼は私にそのまま土下座したのです。先程までの悪魔のような彼の姿からは想像が付かず、私は驚いてしまいました。
「も、望田さん? 頭をあげてくださいな……でもなぜ急にあんなことを?」
「いや、自分でもなんでか分からないんだけどさ……。ドSな俺の性分が突然出てきたというか、調子に乗っちゃったというか……。だって麗奈さんがマゾだって言うからさ、その性癖を開発してもっと太ってもらおうと――」
「だから違いますっっ! 私はマゾではございません!!」
バッシィィィンッッ!!!! …………ドシャァァ!!
「ぐはぁぁぁっっ……!?!?」
思わず出た二度目の張り手で、再び彼は地面へと叩きつけられました。でも今回はもう謝りませんわよ。貴方が無礼だから悪いのです。しばらくそうやって、お休みになってくださいな。
(しかし本当に私は……彼の言葉に堕ちてしまいそうだった……やはり私はマゾなのでしょうか……?)
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目が覚めた後の彼は幸いにもいつもの彼で、私たちは約束通り勉強会に行くことになりました。でも、勉強のモチベーションが出ないとぼやく彼の為に、私はある約束をしました。
「デート?」
「はい! 貴方と私の初めてのデートです♥ 折角ですから、貴方がテストで学年10位以内を達成した暁には2人でデート致しませんか? 勿論、貴方の好きなプランで結構ですわ。」
「デートか……それはいいね! よし決まりだ……じゃあ早速勉強だ、勉強!」
「ふふ、現金な方ですわ。はい、それでは参りましょうか♥」
私の中に眠る歪んだ花の蕾は、幸いにしてこの時開く事はありませんでした。しかしその秘められたマゾヒズムと変態性の存在を私はもう、無視することは出来ませんでした。蕾が開花する時は刻一刻と迫っていたのです。
私たち二人の物語は、ここから少しの間時間が空くことになります。というのも彼が勉強に励んでくれるようになり、二人仲良く学び合う日々に変わってしまいましたから。でも3カ月後、彼と私の初デートによって、物語は再び大きく揺れ動くことになるとは、私も彼でさえも知る由もなかったのです――
〜途中経過〜
九条麗奈:157 cm / 85 kg (24週目) ⇒ 157 cm / 104 kg (30週目)
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