令嬢・九条麗奈の献身 第六章・上
第6章上:レストランで花は咲く (1)
2人が正式に交際を初めて3カ月ばかりの今日この頃、俺は最高に有頂天だ。
「どうだ! 俺だってやれば出来るって所、これで見せられたでしょ?」
「はい……とても素晴らしいですわ♥ 努力は裏切らない、ですわね。」
2人の会話の話題は勿論、俺のテストの結果だ。ほぼ毎日のように勉強会を重ねた結果、俺も見事学年8位まで上り詰めることが出来たのだ (ちなみに麗奈さんは学年2位という強者である)。
「ところで麗奈さん、約束覚えてるよね?」
「はい勿論ですわ♥ 私たち2人の……『初デート』ですわね ♥!」
「そうそう! 楽しみだねぇ……ははっ。」
(フフフ……麗奈さん、この俺が普通のデートを計画すると思ったら大間違いだよ。苦節4カ月と少し、トイレで浮かんだあの計画……今実行しなくていつ実行するのか! 君の裸を見るよりもずっとエロくて、ずっと変態的なデート……楽しみにしていてね、きっしっしっし……)
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「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「二人。禁煙席で。」
定員に案内され、窓際のテーブル席に座る。
俺が初めてのデートに選んだ場所は、何の変哲もないファミレスである。しかも平日の昼間の学校帰り、当然2人とも制服姿。そっけないデートプランに彼女はどこか残念そうであるが、このタイミングでなければならないのだ――俺たちの『特別な初デート』のためには。
予想通り人の数は少な過ぎず多過ぎずといった所、条件は完璧である。一方、彼女の方はファミレスに来るのが初めてらしく、物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回している。
「あの、先ほどの話ですが……本当に今日のデートはここで食事をするだけなのでしょうか?」
「そうだね。俺が注文したモノを麗奈さんが食べて、俺はそれをただ見る。それが今日のデートだよ。」
「失礼ですがその……折角の初デートですわよ。望田さんも勉強を頑張ったのですから、もっと特別な事をしても良かったのではないですか?」
「いやいや、俺はこれで十分だよ。君が食事する姿を見られるだけで幸せなんだから。でもその代わり、今日は『俺の注文は残さず』食べて欲しいだけど、いいかな?」
「成程……また貴方は私を太らせたいのですわね。分かりました……今日だけはダイエットはなかった事にさせて頂きます。ですが私とて限界がございます。無茶な量は勘弁願いますか?」
「分かってるってば……。じゃあ注文するね。」
(よっしゃぁぁぁ!! これで準備は万端だぜ……。約束は絶対だよ、麗奈さん♥)
そうこうしている間に定員が注文を聞きにやって来る。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「このステーキセットでしょ、ハンバーグセット、それにエビフライ定食……あとはオムライスをそれぞれ1つずつ。で追加にフライドポテトを2つ。そして……ドリンクバーを2人分お願いします。」
「あ、あのお客様……。お客様は2名様でよろしかったでしょうか?」
「はい。そうですが、何か?」
明らかに2人分の量ではない注文に、店員も驚く。まぁ無理もないだろう。
俺はわざと麗奈さんの方に目配せをして、店員にアイコンタクトを取る。その視線に引っ張られ、彼も彼女の(横に)馬鹿デカイ図体をまじまじと眺める。その店員の容赦のない視線に、麗奈さんは思わず顔を赤らめ目を背ける。そして店員は全てを悟ったかのように「失礼いたしました」と述べると、気まずそうにそそくさとその場を立ち去った。俺はニヤニヤしながらも麗奈さんに一応確認する。
「あれくらいなら君一人でも食べられるでしょ。 ダイエット前の食事はあんな感じだったよね?」
「は、はい大丈夫ですわ……。ですがその……やはり私は太り過ぎ、なのですね……。」
「ははっ今更なにを言ってるのさ。麗奈さんみたいなデブ、そうそう町で見かけるもんじゃないよ。」
そう今の彼女の体型は、明らかに普通のデブの範疇を超えている。3カ月前に付き合い始めた時は、確かに体重は100kgになったばかりであった。そしてすぐさま、(俺の説得も空しく)彼女はダイエットを開始した。だが急速な肥満化で拡張した彼女の胃袋は、彼女の強靭な意志を持ってしてもコントロール出来なかったようである。彼女曰く1人前分は食事を減らしたそうだが、4人前が3人前に変わった所で体重増加は止まらなかったようだ。いまや130kg近くある彼女の身体は、もはや町で見かけるレベルのデブという言い訳は通用しないだろう。
「もう、貴方も酷い方ですね……! やはり今日から更に食事制限を厳しくしなければなりませんわ。このままでは本当に、貴方の思い通りになってしまいます……。」
「俺としては是非とも諦めて欲しいんだけどなぁ……なんてね。」
「お断りします! 絶対に痩せてみせますわ、もう恥ずかしいのは懲り懲りです……。」
だが彼女の努力が実を結ぶ日はもしかしたら近いのかも知れない。事実、ここ最近彼女の体重増加は止まりつつあるのだ。それもあって、俺は今日のデートに並々ならぬ情熱をかけていた。
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しばらくすると注文した大量の料理が運ばれてくる。テーブルはすぐさま数々の皿で一杯となり、湯気に交じった肉の焼ける香ばしい香りが鼻を刺激する。その匂いに反応してか、レストランに入って初めて彼女の顔が思わずほころんだ。
「失礼な言い方かもしれませんが、想像以上に美味しそうな料理ですわね。私もその……早く食べたくなって参りました……。」
いつもの丁寧な物言いは崩すことないものの、明らかにそわそわした様子の麗奈さん。ダイエットしているからか、思う存分食べられることは彼女とて待ちきれない程に楽しみなのだろう。
「まぁちょっとだけ待っててよ、『飲み物』を取ってくる。」
そんな彼女を尻目に、俺は本日の鍵となるあるモノを取ってくる。といってもそれは、ただの何の変哲もないドリンクバーのコーラだ。
「お待たせ、それじゃあ食べようか。でも、俺はほとんど食べないけどね。」
「あらっ、そうですか。よっぽど私の食事姿がご覧になりたいのですか。まぁ私は何も言いませんわ、『約束』ですもの。でも本当に貴方は……モノ好きな人ですわね。」
「ははっ……まぁとりあえず俺のことは気にしないでいいから好きなだけ食べてよ。『ドリンクも俺が取って来てあげる』からさ。」
「分かりましたわ。それでは早速頂きます。」
彼女は慣れた手つきでナイフとフォークを操り、ステーキを一切れ口に運ぶ。そして次はライス、スープ、またステーキへと――。その巨大な体躯に似合わずステーキを丁寧に一口大の大きさに切り分け、一切口元を汚すことなく口に運ぶ。以前と変わることなく、彼女の食事作法は礼儀正しく美しい。
「味はどうかな。庶民の味が君に気に入ってもらえるか不安だったんだけど……」
「モグモグ……ゴクッ……。確かにお肉がやや筋張ってはおりますが、美味しく頂いておりますわ。約束通りちゃんと完食いたしますので、ご心配には及びません。ただ味付けが少し濃いように感じます……これでは素材の味を殺してしまうのではないかしら。」
「そう、それは良かった。まぁファミレスで出てくる肉に、素材の味なんてあってないようなもんだからね。あぁそうだ……コーラも飲んでよ。味が濃くって、『喉が渇く』でしょ。」
「そうですね、ありがとうございます。」
そう言って礼を述べ、ストローに口を伸ばす。ゴクリ、ゴクリ、と油でべとついた口の中を洗い流しながら、コーラは彼女の喉へと吸い込まれていく。
「っぷは……。以前は何も魅力を感じなかったこのコーラも、最近ではすっかり慣れてしまいましたわ。脂っこいものを頂く際には思わず飲んで……げぇぇぷっ!」
彼女の口から『ゲップ』が飛び出す。恥ずかしそうに口元を隠し、麗奈さんはすぐさま詫びを入れる。
「申し訳ございません。コーラを勢いよく飲んでしまいましたので、思わずその……出てしまいました。次からは気を付けて飲むように致しますので。」
「別に謝らなくてもいいのに。それに前にも言ったじゃないか、ゲップしてる姿も俺は好きだよって。」
「そう言えば……確かにそのような事も仰っておりましたね。でもマナーですから……」
そう言って彼女再び食事に取り掛かる。ステーキ、ライス、ステーキ、ライス――くり返し口に運びつつ、時々コーラを挟む。ただし今度は慎重に、少しずつ。喉から込み上げるモノがある時は手で音を隠しつつ、最小限の音にとどめる。成程これならば確かに不快感は少なく、彼女の言うマナーに準した飲み方なのだろう。だが――
「うーん……俺は君が美味しそうに食べてる姿を見たいのに、手で口元を隠したら顔がよく見えないよ。」
「そうですか。ですが人前でゲップだなんてマナー違反も甚だしいですわ。そんなに私の顔が見たいのでしたら、コーラ以外の飲み物を持ってきて下さいますか。ちょうどグラスも空になりましたので……。」
「分かったってば……じゃあ、ちょっと待ってね。」
やはり彼女はマナーに厳しいようだ。俺は次の作戦に移るために、別の飲み物をグラスに注ぐ。
「お待たせ、はいどうぞ。」
「……!? あのすみません……こちらは?」
「何って、見たら分かるでしょ……ジンジャーエール。」
そう、俺が持ってきたのはジンジャーエールだ。
透き通った薄茶色の液体からは小さな泡が無限に湧き上がってくる――炭酸の美味しそうな泡が。
「そのっ……私が先ほど申し上げたのは――」
「コーラ以外、でしょ?」
「……!?!?」
一瞬驚いた表情を見せるもすぐさま眉間にしわを寄せる麗奈さん。そして珍しく俺に苛立ちを見せる。
「望田さん……貴方は一体何を考えていらっしゃるのかしら! 私、マナーを破るのは嫌いと仰いましたよね。人前でゲップだなんてそんなはしたない行為……したくありませんわ。」
「あら、そう……。でも俺は『ゲップをしろ』なんて一言も言ってないでしょ? ただ『炭酸を飲んで』って言っているだけじゃないか。」
「ではもう一度言いますわ。コーラでもなく、ジンジャエールでもなく、とにかく炭酸以外の飲み物を取ってきて下さいませ!」
完全に彼女はご立腹の様子。だが俺は、最初から勝利を確信していた。
「えぇ〜そんなに炭酸を飲みたくないの? 最初に『俺の注文は全部完食する』って約束してくれたのに? ふーん……そっか。九条家のお嬢さまは大切な彼氏との約束も破るような人間なんだね。残念だなぁ。」
「……!?」
彼女の顔に驚きの表情が浮かぶ。どうやら俺の真意に気付いたらしい。だが、時既に遅しである。
真面目な彼女にとってはたかが口約束でも、ひとたび「九条」の名を出せばそれは法律のように絶対的な意味を持つ事を、俺はこの10カ月で理解していたのだ。
「……望田さん、もしかして最初から!?」
「ふふっ、やっと気付いたかな? その通り、このデートは君のゲップ姿を見るために計画したデート。食べ物じゃなくて、本当は炭酸を飲ませたかったんだ。さぁどうする……彼氏との約束を破るのか、それとも俺の為にゲップしてくれるのか……」
自分でも理不尽な事を言っているのは分かっていた、この選択肢に彼女の満足いく答えなどないのだから――
「下品な君の姿、俺に見せてくれないかな?」
「…………」
しばらくの沈黙。俺はただ彼女の表情を伺うばかり。
「……分かりましたわ。」
「ゲップする度に手で隠してもダメだからね。ちゃんと良く顔を見せて、ね?」
「分かっております。ええ、分かっておりますとも……。貴方が重度の変態であることは分かっておりました。ですがそのことを忘れていた、普通のデートを楽しめると思ってしまった私が間違っておりました。その罰として、謹んで貴方との約束を守らせて頂きます。」
「あの……もしかして怒ってる?」
「怒ってなどいません! 私に言い聞かせているのでございます。本日は……いえ、この数十分のひと時は、一切の恥を捨てて望ませて頂きます!」
大袈裟にも思えたが生まれの違う彼女にとって、マナーを破るという行為はそれほどのことなのだろう。そしてやっぱり怒ってるよね……。
「ですが!!!!」
「は、はい……!?」
突然の大声に、俺は思わず間抜けな声で返事をしてしまう。
「私ほど貴方の為に尽くす女性は他にいないということを十分にご理解下さい。いいですか?」
「勿論だよ。俺の恋人は麗奈さんしかいないって、前に言ったでしょ。」
「……そしてこんな馬鹿げたデートではなく、次こそはまともなデートを私の為に用意すると、今度は貴方が『約束』して頂けますか?」
「うん、分かったよ。約束する。」
その言葉を聞いて、安心したかのように彼女は二コリと笑った。
「そうですか……それは良かったです。では貴方との約束を守るために、これからこちらのお料理とお飲み物をマナーを忘れて『下品に』頂きたいと思います。ですので――」
「とっても下品な私の姿に、たくさんドキドキしてくださいませ……♥♥♥」
恥じらいながらも彼氏のために最大限の奉仕を――
その健気な彼女の言葉は俺にとってあまりにもいじらしく、扇情的で、そして官能的であった。
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