俺と陽菜乃と彼女の生きる道 第二章
第二章:美しすぎる思い出は儚い幻
悪魔サーラのかけた魔法は、恐ろしいほど効果てきめんだった。
「均ちゃん! ねぇ……久しぶりに一緒に学校行かない?」
次の日の朝、俺は携帯に映る陽菜乃からの衝撃的なメッセージで飛び起きた。
(う、嘘だろっ……本当にこんなの何年振りだよ! あの悪魔って野郎、本当に本当の、悪魔だったってのか!?)
俺のささやかな期待は、すぐさま確信に変わることになる。そんな奇跡が、それからというもの何度も起こったのだ。そしてなんと陽菜乃の方から、何かと俺を誘うようになったのである。俺は何も行動を起こしていないにも関わらず、だ――。
「あのさ……たまには一緒にお昼でも食べようよ。」
「あ、奇遇だね。折角だから、今日は一緒に帰らない?」
「ふふっ、最近あんまり均ちゃんと話してなかったけど、やっぱり均ちゃんといると私安心するな……。」
「ねぇ均ちゃん。今度の日曜日ってその……予定入ってたりするのかな? 私、遊園地に行きたいんだけど、一人じゃなくて誰かと行きたいなーって思ったりしててさ……。」
「今日は私の我儘に付き合ってくれて、本当にありがとう。 あのさ、私がなんで均ちゃんだけを遊園地に誘ったか……分かる?」
「私、やっぱり均ちゃんの事が好きかもしれない……。ダメ、かな?」
そして物事はトントン拍子に進んでいった。不自然過ぎる位に。
あの日から僅か1カ月ばかり――俺たちは付き合う事になったのである。
たった数カ月前には夢物語だったことが現実になり、俺はもはや、サーラに感謝の気持ちしかなかった。そしてすぐさま俺は、そんな自分の浅はかな考えを、後悔することになる。
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「ごほっ、ごほっ、ごほっ……ごめん均ちゃん。最近ちょっと風邪が長引いちゃって、今日も学校を休もうかと思ってるんだ。わざわざ来てくれたのに、ごめんね。」
「そんなの良いんだよ……。とにかく今はゆっくり休んで、また2人でどっかデートに行こうな。」
「うん! 楽しみにしてるね。それじゃあまた……ごほっ、ごほっ……。」
ある日を境に、陽菜乃は学校を休むことが多くなった。
本人は風邪か軽い病気だろうなんて言ってるが、それにしては様子がおかしい。
とりあえず、今日は大きな病院でちゃんと見てもらうって陽菜乃のお母さんに聞いたので、おそらく色々と分かるはずだ。
(でも普段から陸上部員で鍛えてる陽菜乃があんなに弱ってるなんて、ただ事じゃないよな……。)
俺はどこか胸騒ぎも覚えつつ、一人さびしく学校へと向かった。
それから間もなく、俺の携帯に陽菜乃が入院する事になったと、連絡が入った。
*****
「だ、大丈夫なのか、陽菜乃 !」
「もう、均ちゃんってば……。病院なんだから静かにしないと駄目じゃない……ごほっ、ごほっ。」
「お前こそ、入院してんだから安静にしろっての。陽奈のお母さん、お医者さんはなんて?」
「あら均太くん、わざわざお見舞いありがとうね。具体的な症状はまだ分からないんだけれど、免疫力を支えている白血球っていうのかしら……その血中濃度が下がってる、っていうことは分かったらしいわ。だからとりあえず病名が分かるまでは入院しましょう、って話になったのよ。」
「そうですか……。」
「もう、落ち込まないでよ、均ちゃん。私なら大丈夫。すぐ元気になるって……ごほっ、ごほっ。」
陽菜乃は健気に振舞おうとするが、そうすればするほど俺の胸はチクリと痛んだ。
俺には何もすることは出来ず、結局その日はしばらく陽菜乃と話しただけで、俺は帰ることになった。
だが陽菜乃の体調は一向に改善する事はなく、時間だけが過ぎていった。
そして半月が過ぎた頃の話である。
「まだ陽菜乃の症状は分からないんですか!明らかに前よりも、やつれているじゃないですか!」
「まぁ、そう落ち着いて下さい。私どもも調べてはいるのですが、如何せん、原因が分からないんです。とにかく珍しい病気であることは確かなのですが……」
医者に聞いてもどうも煮え切らない回答しか帰ってこない。
俺はイラついていた。医者にもそうだが、自分自身にも――何もできない自分にイラついていた。
だがいつものように陽菜乃は、そんな俺を健気になだめてくれた。
「そんなに……怒らないで、均ちゃん。私は……ごほっ、大丈夫……だから……ごほっ、ごほっ。」
「いいのよ、陽菜乃。喋んなくて良いから、ゆっくり休んでちょうだい。」
「うん、ありがとう。お母さん……。」
もう陽菜乃はまともに喋る事さえ、困難になりつつあった。無理もない……いつしか食欲も完全になくなってしまい、最近では点滴だけが彼女の唯一の食事となっていたのだ。
やせ細った彼女の「大丈夫」という言葉をこれ以上聞くのが辛くて、俺は陽菜乃と彼女の母親を置いて病院を抜け出した。そして、言いようもない虚しさを空にぶつける。
「なんで、なんで陽菜乃が苦しまなきゃいけないんだよ! 俺があいつの分の苦しみを背負ってあげられたらいいのに……俺には何も出来ないっ……。おい神様がいるなら、あいつを救ってくれよ ! なぁ……頼むよ!!」
俺は嘆いた。ただ天に嘆くことしかできなかった。
だがその自然と口からこぼれた言葉の1つに、俺は妙に引っかかった。
(神様……? 神様がいるか知らないけど、悪魔はいたんだよな……。悪魔……悪魔だと!?)
その時俺は、ようやく何かがおかしいと気付いた。
そう全てはサーラと会ったあの日から、俺たちの未来は既に決まっていたとしたら――。
(突然陽菜乃が俺の事を好きになって、突然陽菜乃の体調が悪くなって、こんなでっかい病院の医者でさえ分からない病気にかかるだなんて、明らかにおかしい。そう、まるで魔法みたいだ……。)
俺はバクバクと鼓動する心臓の音を感じながら、呟くかのようにその一言を口にした。
「おい……いるのか、悪魔。もしかして聞こえてるのか?」
驚いた事にそのたった一言で、数カ月ぶりにアイツは俺の目の前に突然現れた。
そしてアイツはこう言ったのだ。
「あら、気付くのに時間がかかったわね……愚かな坊や?」
俺は瞬時に全てを理解した。コイツが、この悪魔が全ての元凶だと――。
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