俺と陽菜乃と彼女の生きる道 第四章
第4章:2度目の契約
「ははっ……貴方ってば本当に惨めねぇ……。凄い絶望感よ……最高っ?貴方の絶望感が……あぁっ……私に注ぎこまれてくるのっ……あぁんっ……最高に美味しいわ?ダメよ……はははっ……惨め過ぎて笑いが止まんない……ひひひっ?もうっ、貴方ってば……悪魔に騙される才能だけは……世界一なんじゃないかしらっ……はっはっはっ?」
「くそぅ……くそっ……俺のせいで陽菜乃が……ごめん……ごめん……」
「ひゃっひゃっひゃっ……ダメっ、苦しいっ?お腹苦しいっ……はっはっはっ……笑いすぎておかしくなる……コイツの絶望感が凄すぎてお腹をやぶっちゃうのっ……?ダメよっ……魔法が解けちゃうじゃないっ……はひぃぃっっ???!!!!」
サーラの笑い声は徐々に、獣の雄叫びのような嬌声に変わる。
泣き崩れていた俺も流石にその異変に気付き、彼女の方へ視線を移した。
(何だ、あれはっ……!?)
なんとサーラの腹はまるで臨月を迎えた妊婦のように膨らんでいたのである。
そして、ガタガタと彼女は震えながら、本当の変化は突然起こった。
ボムンッ……ボンッボンッ……ダボンッ!!
「はひぃぃっ? ! おぉぉおおぉぉぉおっっ???!!!!」
突然サーラの身体が爆発的に膨張し始める。いや、膨張したのではない――太り始めたのだ。
膨張するかのように脂肪の塊が突然現れ、彼女の身体に贅肉の層を形成されていく。
ボムンッ……ボンッボンッ……ダボンッ!!
「は、はひぃぃぃ?あひぃぃ?おほぉぉ……?あぁぁん……もうっ、容量オーバーでぇ元の身体に戻っちゃじゃないのぉぉ?」
「お、お前……なんなんだ、その身体は?」
「あらぁっ……驚いているようねぇ?こっちがぁ……私の本当の姿なのよぉ??貴方の絶望感が膨大すぎてぇ、痩せた身体じゃ耐えられなかったじゃないぃぃ?ぶふふぅっ……凄い脂肪でしょぉぉ?」
顔についた頬の肉に圧迫されてか、サーラの喋り方はどこかたどたどしい。
が、無理もないだろう。
今の彼女の姿を一言で言うなら――化け物だ。肉の化け物だ。
全身の贅肉は彼女の身体を覆いつくし、立つこともやっとの超肥満体であった。昔似たようなのをテレビで見た事がある、太り過ぎて寝たきりになった外人がこんな感じだったか。
だが実際に間近で見るとその醜悪さが目に余る。それはこの悪魔が憎いことは勿論だが、単純に太り過ぎた彼女の姿がグロテスクに思えたからに他ならない。
そんな俺の嫌悪感を彼女は見抜いていたようである。だが彼女は意外にも、ニンマリと笑いながら俺に話しかける。
「あらぁん……貴方は私の身体ぁ……素敵だってぇ思わないのぉぉ??」
「お前、何を馬鹿なことを言ってるんだ。 今のお前はただの贅肉の塊じゃないか……気持ち悪い。」
「ぶぷぅぅ〜……そうねぇ?平凡な貴方にはぁ、私の身体の良さなんてぇ分からないわよねぇ〜?」
痩せていた時に放っていた妖艶さのかけらもなく、その悪魔は下品に笑った。
「くっ……笑いたければ好きなだけ笑えばいい。だが俺はもうお前と話すことなんてないんだ、早く陽菜乃の所に戻らないと……。用が済んだならさっさと帰れ!」
「あらぁ……待ちなさいよぉ。折角陽菜乃ちゃんの命をぉ、助けてあげようと思ったのにぃぃ??」
「な、何を言ってるんだっ!?」
「ねぇっ、もう一度ぉ私と契約をしないぃ……? 今度は陽菜乃ちゃんにぃ、私の命を吹き込んであげるわよぉっ?」
俺にはその言葉が全く理解できなかった。
俺は既にこの悪魔に負けたのだ。陽菜乃の大切な命を、コイツに奪われたのだ。
だが悪魔はもう一度、命を吹き込むと言った。俺にはその意図が分からなかった。
「突然、どういう風の吹き回しだ?」
「私は自分の食欲に従うだけよぉ……要するにぃ、貴方や彼女の絶望感が欲しいのよねぇ?このまま陽菜乃ちゃんを殺しちゃうよりもぉ……も〜っと絶望的な展開を思いついたのぉっ?」
「お前……今度は何を企んでるんだっ!」
「ぶふふぅ〜っ……?ただ私の命を与えるだけじゃつまらないじゃないぃ? だからぁ、私のとっても素敵なこのブヨブヨの身体をぉ……陽菜乃ちゃんにプレゼントしてあげるわぁ?この私のぉ……底なしの食欲と一緒にねぇっ?どうぅ……嬉しいでしょぉ??」
「な、何だとっ!! お前一体何を考えてるんだっ!? 陽菜乃がお前みたいな気色悪い肉の塊になっちまうなんて……そんなの考えられない! そんなのっ……仮に生きられたとしても、アイツの人生はどうなっちまうんだよ……。」
「だったら大人しく諦めなさいぃっ! いいかしらぁ……彼女を見殺しにするのかぁ、それとも生き地獄を味あわせるのかぁ……貴方に残された選択肢はぁそのどちらかなのぉっ。そしてどちらを選んでもぉ、貴方は未来永劫ぅ……彼女の人生を奪った罪悪感にぃ締め付けられるでしょうねぇ〜?その苦しみを頂くのがぁ……私の大好物ぅ?ぶっぷっぷぅぅ〜……??」
醜く太った悪魔は、もう一度下品に笑った。
「くそぅ……この外道めっ……!!」
「あはっ……好きなだけ言いなさいぃ。私の食事は人間の負の感情、貴方の怒りのおかげでぇ……また太っちゃうじゃないのぉぉ〜……ぐぇぇぇっっぷ! ぶふぅ〜……ほらぁ、ゲップも出ちゃったわ?」
陽菜乃を見殺しにするなんて、俺に出来るはずがない。
だが目の前のコイツを見れば見るほど、俺の心は迷った。別に太っている人間に特別嫌悪感を覚えたことなどないが、この悪魔ほど太った人間など見た事はない。
そして何より……こんなにも憎たらしく、醜く、汚らしい奴と同じ身体に、陽菜乃が作り変えられる事が俺には耐えられなかった。
(でも……それでも陽菜乃を見殺しにするなんて……そんなの、俺に出来る訳ないじゃないかっ……)
「……陽菜乃を……生かしてくれないか……」
「あらあらぁ……やっと覚悟を決めてくれたのねぇ?でもそうねぇ……もっと誠意を持ってぇお願いしてほしいわぁん?」
「お願いですから……陽菜乃を……アイツを生かして下さいっ……。」
「うーん、そうじゃないのよぉ……そういうのは普通過ぎて味気ないわ。仕方ないわねぇ……じゃあこう
言って頂戴ぃ?」
そう言うとサーラは、指で宙に文字を描き始めた。
すると魔法の力により、その文字は空中で煙となり、俺に向かってその言葉を映し出した。
「な、何でわざわざこんな事を……!?」
「つべこべ言うんじゃないわよぉっ! いいかしら坊やぁ……自分の立場をわきまえなさいぃ。だってこっちの方がぁ、貴方はもっと惨めな気分になるでしょぉ?? 」
「くっ、分かったよ……言えばいいんだろ……。」
俺は一瞬躊躇ったが、ここで奴の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。
そして悪魔が用意した敗北宣言を、俺は……俺は震える声で読み上げた。
「陽菜乃を……僕の大切な恋人を……貴方のような人間離れしたデブにっ……食べる事しか考えられない脂肪の塊にっ……うぅ……生まれ……変わらせて下さいぃぃっ……。」
読み上げた途端、俺は泣き崩れた。
「はははっ? ! そうぅ、そうなのぉぉ……?そんなに陽菜乃ちゃんを太らせて欲しいのぉぉ? 仕方ないわねぇ〜、慈悲深い私がぁ貴方の願いを叶えてあげるぅ……。泣いて喜んでくれるなんてぇ、私もぉ……とっても嬉しいわぁっ?」
「ぐすっ……嬉しくて泣いてる訳ないだろっ! くそっ! くそぅぅ……。」
「ぶふぅっ……感謝してるわよぉ、貴方には?そもそも殺してしまえばぁ、絶望さえも感じられないじゃないぃ? これで私はぁ……貴方と陽菜乃ちゃんと、2人が死ぬまでぇ負のエネルギーを頂かせて貰うわねぇぇ?本当に助かったわぁ……愚かな坊や?それじゃあ私はそろそろぉ……行こうかしらぁ。 陽菜乃ちゃんに私の命の一部を分けてぇ……文字通り、私と瓜二つの『娘』にしてあげないとねぇ……ぶふふぅぅ〜っ???」
そう言うとサーラは魔法の力を使い、あの大きな図体は跡かたもなくこの場から消え去った。
俺はしばらくの間、喪失感と罪悪感でその場から動く事は出来なかった。
数分後だろうか、数時間後だろうか――再び俺の携帯から着信音が鳴り響いた。
俺には大方の予想は付いていた……何故なら全ては俺がやった事なのだから。
「均太くん、全く何してるのっ……。陽菜乃が、陽菜乃が目を覚ましたのっ ! あの娘ったら……ご飯をお腹いっぱい食べたいだって。まったく人騒がせな娘でしょ……ぐすん。皆でお祝い、しないといけないわねっ……ふふっ。」
電話越しからでも、陽菜乃のお母さんがうれし泣きしているのがすぐに分かった。
俺はその一報を聞きながら泣いた。勿論、それはうれし泣きではない――懺悔の涙だ。
陽菜乃の言葉の真意を、彼女が巡るであろう残酷な未来を知っているのは、俺しかいなかった。
橘 陽菜乃:160 cm / 47 kg ⇒ 160cm / 38 kg
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