俺と陽奈乃と彼女の生きる道 第五章

俺と陽菜乃と彼女の生きる道 第五章

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5章:ああ 君は変わった

 

 

あの日からもう1年が過ぎた。
陽菜乃に注がれた悪魔の遺伝子はすぐさま効果を発揮し、陽菜乃の身体を蝕んでいった。

 

食欲の著しい増加、いや暴走と言った方が正しいだろう。
とにかく、陽菜乃の食事を誰も止める事は出来なかった、陽菜乃自身でさえも。

 

本人いわく、一度食べたいという感情が芽生えてしまうと、その食欲を満たすまでは意識が飛んでしまうそうだ。そしてまるで人が変わったかのように一心不乱に食べ始めるのだ。たとえ周りの人間が止めようとしても、暴走した陽菜乃は力ずくでそれを押しのけてまで食事を続けた。ようやく満腹になって意識が元に戻ると、決まってあいつは、泣きながら皆に謝った。

 

医者は病気のストレスによる多重人格と診断したが、あながち間違ってはいないだろう。
全てはあの悪魔のせいなのだ。アイツの血は今もなお、陽菜乃の身体の中に流れているのだ――。

 

*****

 

ピンポーン……

 

「ほら、陽菜乃。均太くんが、迎えに来てくれたわよ。」
「わかってるよぉぉ……。い、今行くからちょっと待ってねぇぇ……うぅ……どっこいしょ、っと……」

 

ドス、ドス……ドス、ドス……ドスンッ……

 

ガチャッ……

 

「お、お待たせぇぇ。ちょっと靴はくのに手間取っちゃった……待たせてゴメンねぇ。」
「いつものことだ、気にすんな。それより、荷物持とうか?」
「いつもありがとうぅ……均ちゃん。それじゃあこれぇ、お願いしてもいいかなぁ?」
「おう。」

 

陽菜乃の肉厚な手から、大量の食料と飲み物でパンパンのビニール袋を受け取る。
ズシリと来る重さに、無意識のうちに腕の筋肉に力が入る。

 

「ごめん、私の荷物ぅ……重たいよねぇ。私が毎日こんなに食べちゃうから、こんなデブだからぁ……」
「俺の事は気にすんなって……病気のせいなんだから仕方ないだろ。」
「う、うん……。」

 

最近の陽菜乃はいつもこんな感じだ。持ち前の太陽のような明るい笑顔は陰に隠れ、太っている事へのコンプレックスからか、いつも周りに謝ってばかりである。俺はそんな陽菜乃の姿を見る度に、自分の犯した罪の重さに胸が張り裂けそうになった。俺も精一杯彼女を励ますのだが、彼女の曇った表情が晴れることはなかった。

 

だがそれは当然の事なのだろう。普通の高校生である陽菜乃には、今の醜い自分の身体を受け入れられるはずもないのだから――。
悪魔の食欲を宿した陽菜乃の身体は、悪魔サーラそのものには及ばないものの、既に人間離れした体型になりつつあったのである。

 

首のフォルムは二重あごによって見事に消え去り、顔全体についた脂肪と相まって彼女の顔はまるで饅頭のように膨れ上がって見えた。おそらく1年前の倍近く大きいのではないだろうか。変わったのは見た目だけでない。頬についた脂肪は口全体を圧迫し、時に彼女の発する言葉に妙なアクセントを作り出す。あの肥え太った悪魔が喋るのと同じように……。

 

ただ普通の人からすると、顔の変化は大したものではないかもしれない――その他の部位に比べれば。体重にして200キロをゆうに超えた彼女の身体の変化は、もはや以前の倍どころでは済まされない。中でも、食欲に見合ったサイズに拡張された彼女の胃袋を支えるその巨大なお腹は、相撲取りも圧巻の大きさだ。だが鍛え上げられた彼らとは違い、単なる脂肪の塊であるために、重力に負けてだらしなく垂れ下がっている。ウエスト周りはおそらく、大人2人が両腕を広げてようやく抱える事が出来る位だろうか。そんな巨大な腹部に目が行きがちであるが、その肉の塊から生えた彼女の腕も、腹部を支えるお尻も、足も、指先の先端に至るまで……脂肪の層は全身の至るところに形成され、どこをとっても彼女が人間離れした超肥満体であることの証明にしかならなかった。

 

しかも、これだけ肥え太った今でさえ、彼女の体重は増え続けているのである。

 

*****

 

テクテクテク……ドスドスドス……

 

陽菜乃は今、俺の隣でその巨体を揺らしながら、必死に通学路を歩いている。普通の人なら15分程度の通学路も、今の彼女にとってはフルマラソンのように辛い道のりなのだから無理もない。だが必死に歩くその姿は残念ながら、周りの人には滑稽で、醜く映るのだろう。

 

彼女が一歩動けばその全身の贅肉は大きく揺れ、肉のクレバスは変幻自在に形を変えた。
もう一歩動けば彼女の身体に膨大な熱を生み、陽菜乃の身体に異常な発汗を促した。
さらに動けば呼吸が乱れ、陽菜乃の口から豚のような息切れが漏れ始めた。

 

テクテクテク……ドスドス……ドス……

 

そして通学路の半分ほど歩いたところで、とうとう陽菜乃の足取りは追いつかなくなった。

 

「き、均ちゃん……はひぃ……は、早いよぉぉ……。ちょ、ちょっとぉ……ぷひぃ……止まってぇ……。」
「ご、ごめん陽菜乃……。そうだな、一旦休むか。」
「うん……ありがとぉぉ……。ぶふぅぅ……つ、疲れたぁ……。ねぇ飲み物……取ってもらっていいぃ? その、『発作』が起こる前にぃ……」

 

その言葉を聞いて俺は急いで袋から、2Lのペットボトルを渡す。中身は陽菜乃が毎朝用意しているアイスココアだ。寝ている時以外は常に突発的な食欲の暴走(発作)と隣り合わせの生活を送っている陽菜乃にとって、素早く糖分が脳に届く甘い飲み物は、彼女にとってのライフラインであった。

 

「ありがとうぅ……それじゃあ早速。……ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ……ゴクンッ……。ぷはぁぁっ……い、生き返ったぁ……? 甘くて美味しいぃ〜……?」

 

ココアを飲んだ瞬間、陽菜乃の顔が一気に緩み、恍惚の表情に変わる。
皮肉な事に、陽菜乃が唯一心から笑顔を取り戻すのは、食事の瞬間だけであった。

 

「発作、もう大丈夫そうか?」
「ふぇっ……あぁ、うん。もう大丈夫だよぉ。待たせてゴメンねぇ。」

 

幸い陽菜乃はすぐに正気を取り戻し、素直にペットボトルを俺に返した。どうやら発作の心配はないようである。だが結局これも、一時しのぎにすぎない。
つかの間の休憩が終わると陽菜乃は再びゆっくりと、鈍重な足取りで学校を目指した。

 

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